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過激なブラック・カルチャー番組、「ソウル!」復活?

オプラやアシニオ・ホールのずっと前、ソウル・トレインより前に時代を先取りしていた黒人のTV番組がありました。番組のタイトルもずばり、「SOUL!」、黒人による、黒人のためのカルチャー番組でした。放映されたのは、ベトナム戦争の真っただ中、公民権運動や反戦運動で若者たちの意識が大きく変わった、まさに過渡期ともいえる、1968 – 1973の5年間です。ホストは、今のメディアには珍しい、自己主張の少ない陰の立役者的存在のゲイの黒人、エリス・ヘィズリップです。ニューヨークに拠点を置く公共放送テレビ局、NET (National Educational Television)、現在のWNETで1968年9月12日に放映が始まり、瞬く間にブラック・コミュニティのお茶の間に広がりました。

すでに過去の番組ではありますが、その内容の濃さに、今のメディアがいかに腑抜けか思い知らされます。そんな素晴らしい「SOUL!」という番組があったことをもっと多くの人に知ってもらいたい、という切実な願いを込めて、一人の女性がドキュメンタリー制作に乗り出しました。昔の映像を集めることもそうですが、関係者のコメントを取ったり、誰でもできることではありません。その女性とは、「SOUL!」のクリエイターであり、ホストのエリス・ヘィズリップを最も理解している、実の姪、メリサ・ヘィズリップ。彼女の熱意と、「SOUL!」をサポートしたいという人たちが集まり、ドキュメンタリ映画、「Mr. Soul!」が完成、ハーレムのアポロ劇場で2月21日に上映会が行われました。ブラック・ヒストリー・マンスでもあり、マルコムXが銃弾に倒れた日(2/21/1965)とも重なり、とても意義あるイベントとなりました。

日本ではこの「SOUL!」はほとんど知られていないと思いますので、このドキュメンタリーの中からかいつまんでご紹介したいと思います。

Mr. Soul!

このドキュメンタリー映画では、一世を風靡したという、教育テレビNETで放映されていた「SOUL!」の実際の映像と、関係者のコメントで構成されています。

毎週木曜日の夜に放映されたこの番組の初回、プレミア・ショーのゲストはパティ・ラベルとブルーベルズです。60年代に多くのヒット曲を放ったガールズ・グループのはしりとも言えます。メンバーは、サラ・ダッシュ、ノナ・ヘンドリックス、パティ・ラベルの3人で、のちにそれぞれソロとして独立してゆきます。エリスは、ゲスト・ホストに進行を任せたりすることも多く、ソウル・トレインのドン・コーネリアスのような威圧感はなく、レイドバックで、つねにゲストの引き立て役に徹していました。

黒人のための番組なので、ゲストもみんな黒人、それもエンターティンメントだけでなく、カルチャーの要素も強く、2週目のショーにはマルコムXの未亡人、ベティ・シャバーズを迎えています。その当時の緊張した社会情勢が伝わってきます。この日の音楽のゲストは、ホィットニー・ヒューストンのお母さんがメンバーとして活躍していた、スウィート・インスピレーションズがパフォーマンスを披露しました。それも、口パクではなく、ちゃんとライヴバンドで歌うのですから迫力満点です。

まだホモセクシュアルは差別されることが多かった時代ですが、エリスは自分がゲイであることを公言していて、番組内容にも顕著にあらわれていたようです。すでに作家として名を成していたジェームス・ボールドウィンはアメリカを離れ、ヨーロッパに住んでいましたが、わざわざ彼をロンドンに呼び、アメリカから女性詩人のニッキ・ジョヴァンニを送り込み、取材を試みました。全米ネットのテレビで、黒人の知識人が語り合う番組なんて考えられない時代です。「本当」の黒人の姿がテレビに映し出された、画期的な番組が「SOUL!」だったのです。

ゲストが多彩だったのもその人気の理由だったようです。アル・グリーン、ビリー・プレストン、マキシーン・ブラウン、ハロルド・メルヴィン&ブルー・ノーツなど、ソウルフルなミュージシャンも多く出演しましたが、ブラック・パンサー党のメンバーだった、モデルのように美しい、エルドリッジ・クリーヴァーの奥さん、キャサリン・クリーヴァーが登場したり、一時はブラック・パンサー党にも関わった、公民権運動家のストークリー・カーマイケル(のちにクワァメ・トーレと改名)と、彼と結婚した南アフリカ出身の歌手、ミリアム・マキーバがゲスト出演したり、映画監督のマリオ・ヴァン・ピーブルズなど、時代をそのまま反映していた、まさに黒人のための教育番組だったといえます。前衛的なアーティスト/ポエットのアミリ・バラカや、超過激なザ・ラスト・ポエット、下ネタ・ジョークのコメディアン、レッド・フォックスなど、X Rated な出演者をフィーチャーしたりできたのも、エリス・ヘィズリップのユニークな手腕だといえます。

1968 – 1973の5年間の間に、ソウルがぎっしり詰まったカルチャー満載のエピソードがなんと130本も放送されたそうです。リアル・タイムで見たかった……。ドキュメンタリーには、今も健在のハリー・ベラフォンテ、ニッキ・ジョヴァンニ、ソニア・サンチェスなど、当時、番組にゲスト出演しただけでなく、エリスを個人的によく知っている関係者たちのコメントを交え、「SOUL!」がいかに時代を先取りしたファンキーなショーだったかを浮き彫りにしてゆきます。この映画は、あちこちで上映予定とのことなので、ネットでチェックしてみて下さい。

Mr. Soul! – directed by Melissa Haizlip

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MLK(マーティン・ルーサー・キング牧師)没後50年、「叶わぬ夢…….?」50 Years After MLK – A Dream deferred


50 Years After MLK – A Dream deferred

1月14日の日曜日、ハーレムのアポロ劇場にて、マーティン・ルーサー・キング牧師の生誕を祝うイベントが開催されました。テーマは「50 Years After MLK – A Dream deferred」。

1968年4月4日、キング牧師は講演先の宿泊地、メンフィスのモーテルで暗殺されました。享年39歳。今年はあれから50年…….。いつか、人類みな平等の平和な世界が訪れる……、有名なスピーチ、「アイ・ハヴ・ア・ドリーム」の夢はいつ叶うのでしょうか。

例年になく寒さの厳しい、氷点下7度という日曜日の午後3時、アポロ劇場の前には長蛇の列が……。まるでクリス・ロックのツアーかと思ってしまうほど。でも、よく見ると白人やアジア人の若い人が目立ちます。トランプ政権になって移民問題などがあらたに脚光を浴びているせいか、若い人たちの間でも人権問題は重要な話題になっているようです。

この日の進行役はパブリック・ラジオWNYCの番組ホスト、ジェイミーとブライアンです。様々な分野でアクティヴィストとして活動している人達の他、ハーレムの「ゴスペル・フォー・ティーンズ」のメンバーのショーなど娯楽も盛り込んだ賑やかなイベントとなりました。パネル・スピーカーとして何人か招かれましたが、その中でも、キング牧師と一緒に活動していたアクティビストのクラレンス・ジョーンズ氏の発言が印象的でした。

Clarence B. Jones, legal adviser to Martin Luther King Jr., takes notes behind King at a press conference regarding in Birmingham, Ala., in February 1963.

MLKのスピーチ・ライターで友人のクラレンス・ジョーンズ氏曰く、「アブラハム・リンカーン大統領と、1963に宣言された‘奴隷解放令’をのぞいて、過去400年の歴史において、キング牧師の1956-1968までの12年と4か月間、アメリカの正義のために闘った功績ほど偉大ものはない。」

 ジョーンズ氏は弁護士で、キング牧師の多くのスピーチの脚本を書いたライターとしても知られています。キング牧師は、貧困と闘った人なのだと言います。黒人だということだけで差別され、最低賃金しかもらえない末端の仕事にしかありつけない極貧の生活。当時、黒人は法律で白人と同じ権利を約束されていませんでした。社会構造を変えない限り、生活向上はあり得ない…….。1962年、キング牧師たちは時の大統領、ケネディに、黒人と白人を平等に扱うという内容の‘特別大統領命令’を発行してくれるよう嘆願しました。

FBI長官のJエドガー・フーヴァーは、キング牧師の公民権運動が広まるのを恐れ、彼に共産主義者というレッテルを貼って葬り去ろうと電話盗聴などあらゆる手を尽くしました。にもかかわらず、証拠となる材料が見つからず失敗……。大々的にデモ行進や全米での運動がメディアで取り上げられれば国も無視できなくなる…….、キング牧師とその支持者は非暴力による活動を続けました。バス・ボイコット運動、座り込み運動、各地での行進…….。キング牧師が率いる団体、南部キリスト教指導者同盟 Southern Christian Leaders Conference (SCLC)のほか、全国有色人種向上協会(NAACP)、学生中心の団体(SNCC)など、全米で運動が展開されてゆきました。

キング牧師のアドバイザーでもあったジョーンズ氏は、「あの日(キング牧師が暗殺された日)、メンフィスで合流する予定だった。これから空港に向かおうとしている時、電話が鳴っって、受話器の向こうから彼が射殺された、という声がした。その時、とうとう殺られたか、と怒りとショックが心をよぎった。」といいます。

「度重なる死の脅迫にも彼は屈しなかった。恐れを抱いていなかったのだと思う。‘神が見守ってくれている’がマーティンの口癖だった。あいつは本当に恐れを知らない、勇敢な男だった……..,he’s bad。」ジョーンズ氏の、今は亡き友への追悼の言葉でイベントは締めくくられました。

伊藤 弥住子

主催したラジオ局WNYCの番組ページで一部イベントが聞けます。https://www.wnyc.org/story/mlk-jr-day-remembrance-2018/

Cuba Gooding Sr. graces Apollo Theater stage one last time as family bids the singer farewell at memorial

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Cuba Gooding Sr., the late R&B soul singer who sang lead vocals for the legendary “Main Ingredient”, was memorialized at the Apollo Theater on Saturday.

As lead vocalist of the Grammy nominated “Main Ingredient” since 1972, Cuba Sr. lifted the group to world prominence with such hit songs as “Everybody Plays The Fool,” “Just Don’t Want to be Lonely,” “Rolling Down a Mountainside,” “Happiness is Just Around the Bend,” “You’ve Got To Take It (If You Want It).” Other “Main Ingredient” chart-toppers were “You’ve Been My Inspiration,” “Spinning Around (I Must Be Falling in Love), “I’m So Proud” among many others.

Some 150 people, including his children Omar, April and Tommy, turned out for a heartfelt sendoff to the late Gooding at the landmark only blocks from his childhood Harlem home.


His son, Oscar-winning offspring Cuba Gooding Jr. did not attend the two-hour memorial, according to the family.

Gooding Sr. served as front man for The Main Ingredient, joining the band just in time for their biggest charting hits: “Everybody Plays the Fool” reached No. 3 in 1972, and “Just Don’t Want to Be Lonely” hit No. 10 in 1974.

Gooding Sr. was found dead April 20 inside his silver Jaguar in the Woodland Hills section of Los Angeles in the middle of the afternoon.

The cause of death remains under investigation, with reports indicating police suspected a drug overdose.

D’Angelo to Headline the Apollo Theater in Harlem

D'Angelo w. Guitar
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After a 15-year hiatus, D’Angelo is officially back — and he’s better than ever.

D’Angelo played a sold out concert on Saturday night (Feb. 7) at the legendary Apollo Theater. It was the very first date of his “Second Coming” tour (which kicks off a European run on Thursday before coming back to the States in March) in support of his latest release, ‘Black Messiah.’ The venue is so small that it only accommodates 1,500 people but one of the city’s most intimate and sonically satisfying theaters. I was so lucky to be one of these 1,500.

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