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2パック伝記映画「All Eyez On Me」6/16(金) 公開決定!All Eyez on Me Directed by Benny Boom opens on Friday, June 16


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ラッパー、2パックの46歳の誕生日、6月16日に、とうとう映画「オール・アイズ・オン・ミー」が公開されることになりました。

以前、H2N (Harlem2Nippon) でお伝えしたように(リンク)、監督やキャストが何度も変わり、本当にパックの伝記映画が完成されるのだろうか、と懸念されていましたが、晴れてリリースに漕ぎつけました。

今のところ、レビューも評価がよく、注目の的です。

ただ、私個人としては、不安な点がふたつあります。

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2パック伝記映画「All Eyez On Me」完成 Tupac biopic All Eyez On Me delayed until November over song copyright issue

2-pac

2パック20周忌

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ラッパー、2パックは壮絶な人生を生きました。今年、2016年9月13日は2パックが亡くなって20周忌になります。1996年9月7日、ラスベガスMGMホテルど行われたのマイク・タイソンの試合の直後、シュグ・ナイトと一緒に車に乗り会場を出たところで何者かに襲撃され、4発撃たれ、ラスベガスの病院に入院、手当の甲斐もなく、9月13日に死亡したと発表されました。20年経った現在も犯人はみつかっていません。遺族や関係者からの度重なる捜査依頼にもかかわらず、この事件の調査は打ち切り、迷宮入りとなっています。

伝記映画「All Eyez On Me」公開日延期

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Shawn Carter a.k.a. Jay-Z 世紀のイベント Brooklyn’s Barclays Center, The House HOVA Built

Jay-Z

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Jay Z Grand Opening Celebration at Barclays Center

 Shawn Carter a.k.a. Jay-Z 世紀のイベント

 ネッツのホームベース、「バークレーズ・センター」で行われた世紀のイベント、ジェイZのライヴを観てきました。8回公演のうちの4日目、10/1(月)のショーで、チケットの値段は$29.50と庶民価格、ブルックリンの地元の人たちに観てもらえるようジェイZ自身の取り計らいによるものだそうです。

 最寄り駅、「アトランティック・アヴェニュー」の駅名も「アトランティック・アヴェニュー/バークレーズ・センター」と変っていました。電車内の表示も一新、駅のホームにも「バークレーズ・センタ−はこちら」という表示つき。とにかく駅の真っ正面にどか〜んと建っているのです。できたばかりのスタジアムはぴかぴかです。

Barclays Center

 ジェイZのデビュー以来何度もライヴを観ましたが、毎回パフォーマンスに磨きがかかり、その成長ぶりにいつも驚かされます。初期の頃、90年代のジェイZはステージを歩き回りながらシャンペンを飲んだり、ただの不良のようなラッパーでした。ラップはデビュー当時からうまかったのですが、ライヴでの演出はほとんどないに等しく、仲間のラッパー、メンフィス・ブリークや、ラッパーでもないのにラップする元パートナーのディモン・ダッシュやら、沢山の仲間たちが舞台を占拠、みんなウロウロしながらマイクで叫び誰がラップしているかわからない、そんな時代だったのです。

 「ブルー・プリント」をリリースしたのが911の起きた当日,2001年の911日でした。後日922日に行われたジェイZのコンサートはアルバム発売記念イベントだったのが急遽「911追悼ライヴ」となり、ふだんはあまり政治発言をしないジェイZが、「ヒップホップ・ネィション全員団結してテロに負けずがんばろう」と両手を合わせてロッカフェラ・サインを出し、熱く誓ったのがまるで昨日のことのようです。

 2003年にはヒップホップ引退声明を発し、「ブラック・アルバム発表後、ラッパー最後のライヴ・コンサートをマジソン・スクウェア・ガーデンで開催しました。(のちに復帰。)

 バークレーズ・センターはコンサートの場合は収容人数約19000人ということですが、マジソン・スクウェア・ガーデン(20000収容)より大きく感じました。会場内は興奮のエネルギーがみなぎっています。8時開演、DJがオールドスクルー・ヒップホップやRBクラシックスをかけて煽ります。9時半をまわった頃、ジェイZが登場、19000人全員の凄まじい歓声があがりました。

Jay-Z Concert at Barclays Center

Jay-Z Concert at Barclays Center

 ステージにはスクリーンが設置されており、ブルックリンの歴史や著名人の映像が映し出されます。私の席はステージの真横だったため、スクリーンはほとんど見えず天井から吊るされたモニターで確認できた程度でした。ブルックリン代表、ジェイZが観客に向かって叫びます。「イズ・ブルックリン・イン・ザ・ハウス?」、「イェーーーース!」というお約束のコール&リスポンスが交わされます。オープニング・ナンバーは納得の「Where I’m From」、そして地元ベッド・スタイ出身の仲間ラッパー、故ノートリアス・B.I.G.への追悼曲、「Juicy」でBKを讃えます。「天国にいるビギーに聞こえるようにみんなも大きな声で歌ってくれ。」と観客参加を促され、みんなでフック’Uh….and if you don’t’ know, now you know, n***’を合唱しました。

 さらにヒット曲、 “99 Problems” そして”We Run This Town”と続きます。アリシャ・キーズとのコラボ曲、 “Empire State Of Mind” をラップしはじめた時、「今日は特別なゲストが来てくれたんだ。」とジガ・マンが告知……..、もしや……?期待に胸がふくらみます。フックの’In New York, Concrete jungle where dreams are made of……..’のところでまた「ウィ・ハヴ・ア・スペシャル・ゲスト・トゥナイト。」と繰り返します。ここで颯爽とアリシア・キーズが表れるはずだったのだと思います。3度目の正直、「We have a special guest tonight……」とアナウンスするジェイZの声もだんだん心もとなくなってきました。とうとう曲もおしまい、待ち人来らず……..。嬉しいサプライズがなんだか後味の悪いサプライズになってしまいました。

 ドラマーがふたり、ドラム・セットも2台、タイトなライヴ・バンドを従え、“Big Pimping’,” ”Hard Knock Life,” “Dead Presidents,“ “I Just Wanna Love U,” “Can I Live,” “Encore,” “What More Can I Say” といった懐かしい曲の数々を披露。そして、1999年のパーティー讃歌、 “Do It Again”もオーディエンス参加でパフォームしました。キレのいいラップ、みごとなフロウ、ここまで完璧なラップ・コンサートができるのは多分ジェイZをおいて他にはいないでしょう。

 空中にかざしたiフォンはまるで宇宙に散りばめられたブルーの星のよう。巨大なアリーナが満天の夜空のように光り輝きます。「今日は本当に来てくれてありがとう。オレをここまでにしてくれたみなさんに感謝します。ブルックリン、ありがとう!」ラップ・キング、ジェイZのあくまでも謙虚な言葉にじ〜んと心をうたれたフィナーレでした。

 よくぞここまでやってくれました。ショーン・カーターの晴れ姿に感動!

Shawn Carter has certainly come a long way.

 伊藤弥住子

Harlem Haberdashery お洒落ブティック「ハーレム・ハバダシェリー」- Urban Traditional Fashion Boutique

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Harlem Haberdashery
ハーレム・トラディショナル、お洒落なブティックが登場

245 Lenox Avenue
(between 122nd & 123rd Street)
New York, NY  MAP
Phone: (646) 707-0070

ハーレム育ちのガイ・ウッドがメンズ・ブティック「ハーレム・ハバダシェリー」をオープンして話題になっています。

20年ほど前、「5001フレーヴァーズ」というブランドでデビュー、ヒップホップ・アーティストたちの間でブームとなり一般にも浸透したアーバン・ファッションの火付け役、それがガイ・ウッドでした。

Biggie Smalls – 5001 Flavors

ビギーのシカゴ・ギャング風のストライプ・スーツは「デブでもかっこいい」と好評を博し、ヘヴィー・ディーの特注レザー・スーツは業界の注目を浴びクィーン・ラティファなど大型ラッパーたちから注文が殺到しました。90年代初期、まだ駆け出しのPディディークレイグ・マックトータルなど立ち上げたばかりの自社バッド・ボーイ・アーティストたちのビデオ用衣装を発注したり、まさに5001フレーヴァーズは「ヒップホップ界御用達ブランド」へと急成長したのです。一般からの要望もあって今度はTシャツ、フディー、ジャージー、ジーンズなどカジュアルな既製服ラインも始め、ブランドとしても確立し定着していきました。

Elite Force in Japan

人づてに紹介されたガイ・ウッドと当時のパートナー、トロイ・ジョンソンに私が初めて会ったのは90年代初期のこと。彼等のロゴTシャツのデザインが良かったので、日本でヒップホップ・グッズを扱っている知り合いのお店に話したところ「是非購入したい」と即決、5001フレーヴァーズが日本に初上陸しました。95年、エリート・フォースというヒップホップ・ダンス・チームが日本初公演することになり、私がそのプロジェクトの手伝いをすることになりました。当時、Maurice Malone というデザイナーがヒップホップ界で話題になっていて、ちょっと迷ったのですが、「5001 Flavors」のロゴTシャツとジーンズをエリート・フォースのステージ・ユニフォームにすることを決定。日本では東京、大阪、広島をまわりました。そのダンス公演のお陰で、日本でもファイヴ・サウザンド・ワン・フレーヴァーズが爆発的人気を呼び、追加注文が相次ぎとても忙しい思いをしました。あの当時はまだガイ本人がミシンをがちゃがちゃ踏んで服を作っていました。

新しく開店した「ハーレム・ハバダシェリー」では自社ブランドのほか、若手デザイナーの商品も置いています。そのうちのひとつ、オーナーの息子、ガイ・ウッド・ジュニアが立ち上げた「ブラック・ビリオネアーズ」のデザインがかっこいいと評判になっています。お洒落なメンズ・ファッションのお店ですが、女性用のワンピースやジーンズもあります。お値段はTシャツで40ドル前後と安くはありませんが、訪れるファッショナブルなお客さんには好評なのだそうです。

ガイにお店のコンセプトを聞いてみたら、「ハーレムの人たちはもともとすごくお洒落。オレ、ずっと小さい頃から近所のピンプやギャング、ミュージシャン、弁護士とかあらゆるタイプの人を見てきて、自分なりのファッション観を培ってきた。あくまでトラディショナルだけどカラフル、そしてちょっと遊び心のある服、それがハーレム・ハバダシェリーのスタイルかな。」という答えが返ってきました。

毎週木曜日の夕方はお店でネットワーキングのパーティーを開催、だれでも自由に入れます。 蝶ネクタイに太いフレームの眼鏡をかけた黒人の男の子や、細いパンツの裾を上げてカラフルなレザー・スニーカーを強調しているショート・アフロのお兄さんなど、集まってくる人はみんな若くて個性的。ネオ・ハーレムの若いエネルギーが炸裂しています。アップタウン・ファッションの震源地、「ハーレム・ハバダシェリー」一度覗いてみませんか。

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