Category Archives: Music

Harlem R&B Chart – November, 2011

1      Love Letter                    R. Kelly

2       So In Love                     Jill Scott feat. Anthony Hamilton

3      Body 2 Body                 Ace Hood feat. Chris Brown

4.     Party                               Beyonce feat. Andre 3000

5      Work Out                       J. Cole

6      Yes                                   Musiq Soulchild

7       Ni**s In Paris                Jay Z & Kanye West

8       Stay                                 Tyrese

9       Don’t Kiss Me                Carl Thomas

10      She Will                        Lil Wayne feat. Drake                

Ledisi “Pieces of Me” Tour @ The Apollo Theater レディシィ全米ツアー、NYアポロ劇場完売

グラミー賞ノミネート歌手、レディシィが彼女の5枚目アルバム「ピーシーズ・オブ・ミー」のヒットを記念して全米ツアーを敢行しました。ニューヨーク公演は、彼女が長年夢見たニューヨークのアポロ劇場でチケットは完売!

実は、私にとってレディシィは、シャバダバ…….♪といったスキャットを歌うジャジーな歌手という印象があってきちんと聞いたことがなかったのです。それに、あのニワトリのとさかのようなヘア・スタイルがどうも…….。私的には「歌のうまいインディー・アーティスト」という域をでていなかったのですが、「ピーシーズ・オブ・ミー」をラジオで聴いた瞬間、そのすばらしさに感動、特にソウルフルなサビの部分に心を打たれました。

So when you look at my face…
 あたしの顔を見れば

You gotta know that I’m made  わかるでしょ

of everything love and pain.
 愛して傷ついてきたあたしがいる…..

(These are the pieces of me)

 どれもあたし…..

Like every woman I know…
 あたしのまわりのどの女性も同じ

I’m complicated fo sho…
 みんな複雑な感情を抱いているのよ

But when I love I love til there’s no love no mo.
 でも愛するときはすべてを捧げる

(These are the pieces of me)  どれもあたし…..

久々に聴く新鮮なラヴ・ソング…….一体誰かしら?と思って調べたところ、なんとずっとスルーしていたレディシィだったことを発見したのです。

グラミーに4部門もノミネートされたレディシィ、デビュー以来4枚ほどアルバムをだしている実力派にもかかわらず大きなヒットには至らず、「中堅アーティスト」という位置づけのまま今日に至ります。ところが、シングル、”Pieces of Me”がいきなり大当たり、にわかに注目を集め、初の全米ツアーを開始しました。幸運にもNYはアポロ劇場でライヴがあり、最後の5枚しか残っていないチケットの1枚を入手、3階バルコニー、ほとんど天井に近い席ではありましたがレディシィを生で見ることができました。

ライヴの前座はティモシー・ブルーム。ユー・チューブでV. Bozeman という坊主頭の女性とのデュエット曲、「Til The End Of Time」のソウルフルなビデオを見て嬉しい予感。インタースコープ・レコードが誇る大型新人、プロデュースはジェニュワィン、アリーヤの初期の作品を手がけてスーパー・プロデュサーとして大成功をしたティンバーランド……。きっと実力のある素晴らしいアーティストに違いない……と期待に胸が膨らみます。ところが生のパフォーマンスはソウルというよりロック寄り、歌唱力もいまひとつ………。この30分のセットを見る限り、あまり魅力的なアーティストという感じはしませんでした。

いよいよレディシィの登場です。ホット・パンツ姿で軽快にステージ中央に表れた彼女、リズミカルなダンスを披露しながらほとんどラップに近いアップテンポな曲で予想外のファンキーぶり。落ち着いたオトナのディーヴァと勝手に思い込んでいましたがみごとに覆されました。オープニングからずっと踊りまくり、若さと元気に溢れるみごとなショーを繰り広げてくれました。

「So Into You」、「Alright」、「Higher Than This」どの曲もソウルフルでディーヴァの貫禄十分。 合間に前座を務めたティモシーが再び表れ、ジャヒーム&レディシィ・デュエット曲、「Stay Together」を一緒に熱唱する場面も……。衣装を4回もチェンジ、気合いの入ったステージ・パフォーマンスを披露してくれました。

「疲れ果てて、いっそのこと音楽をやめてしまいたいと思ったこともあるのよ」と、過去を振り返るレディシィ。「ニューヨークでずっと下積み生活、すごく疲れてて、もうこれ以上続けられないって思ったの。いつもネガティヴなことばかり言われたわ。ファッションがいけない、ヘア・スタイルがダメ、歌詞を変えてみたほうがいい、曲がよくない、ちがう音楽スタイルにしたほうがいい…….。何をやってもうまくいかなかった。とても苦しかった。すごく落ち込んでいて悲しくて涙が止まらなかった。諦めたほうがいいのかも知れない…….。歌をやめよう……..。ママに電話して‘あたし、もう歌やめる….’って言ったの。そしたらママが、‘あなたは必ず夢をかなえることができる、必ず…..!だからがんばりなさい It’ll be alright.’って慰めてくれたの。そうね、くよくよしても仕方がないし……..、もう少しがんばれるかも……。ママのその言葉がなかったら今の私はいなかったと思うわ。」彼女のヒット曲、「Alright」はそんなふうにできた曲なのだそう。

フィナーレは彼女の最大ヒット曲、”Pieces of Me” です。

「ピーシーズ・オブ・ミー」のツアーが実現したのも信じられない、と話すレディシィ。「私、自分がピンでコンサートができるなんて考えてもみなかったの。ヘッドライナーなんてまだまだ…….、畏れ多くて…….。ところが、マネージャーが絶対大丈夫、立派にこなせるからって後押ししてくれたのね。それで話が決まって、ふたを開けてみたらチケットもちゃんと売れてるの。こうしてアポロ劇場でライヴが実現したし…….、それもみなさんのお陰でソールド・アウト!ありがとう。」

その瞬間観客は総立ち、スタンディング・オヴェイションでレディシィを拍手で迎えました。「素晴らしいオーディエンスに感謝します…….。あ、ありがとう…….。Thank you!!!」あふれる涙をこらえるのが精一杯、声をつまらせるレディシィ。ステージのレディシィとオーディエンスがひとつになった感動的瞬間です。

長い下積み時代を乗り越え、こうして私たちの前でソウルいっぱいの歌声をきかせてくれたレディシィ。この記念すべきコンサートを体験できて本当にラッキー、とっても貴重な思い出となりました。

(伊藤弥住子)

Ledisi Sold Out Concert @ The Apollo

 

Songwriter and 4 time Grammy Nominee Ledisi is finally ready to do it solo in her first headlining tour, The Pieces of Me Tour. The 20 city tour began on October 20 in Raleigh, NC with supporting act Timothy Bloom.

You could tell Ledisi was excited to be performing in front of a sold out crowd in NYC. AMAZING show!!!

From the moment she stepped on stage in her black blouse and hot pants, truly one of the great, but under-appreciated singers bopped around the stage dancing.  I was awed by her energy and absolute raw passion for performing.

I was blown away by her performance filled with high energy. She delivered from beginning to end. Ledisi got another fan in me that night.

Going into her upbeat and inspiring song “It’s Alright,” she explained how the song came about. She told the story of her mother telling her not to give up, that she was fortunate that it was her mother who had been there for her during her lowest moments. She briefly described one such moment, “I called my mother when I was struggling in New York, lying on the floor in distress about my career and nearly ready to give up my pursuit of my dreams.  I said I can’t do this no more.” But her mother encouraged her to keep pushing. “She said ‘it’ll be alright.’ It sounded like a song to me…….!“

She also brought back out Timothy Bloom to join her on stage and sing Jaheim’s part on “Stay Together.”

“If I had turned to someone other than my mother at this pivotal moment, I wouldn’t be where I am right now, singing my Grammy-nominated songs to sold-out audiences.”

Ear-numbing screams and a standing ovation greeted the singer before she even began to sing her last song “Pieces of Me.”

“This is the most exciting time of my career! To be able to share my music with people who helped me become who I am today is the best feeling in the world,” she said.

It is your time Ledisi……….

帰らぬ人となってしまった, ピロー・トークのシルヴィア Sylvia Robinson Dies at 75


9月29日、ハーレム生まれのシルヴィア・ロビンソンが亡くなりました。ヒップホップ世代の人たちからは、シュガーヒル・ギャングを世に出したことから、「Mother of Hip Hop(ヒップホップの母)」と呼ばれているそうなのですが、私にとってはいつでも「ピロー・トークのシルヴィア」なのです。「Pillow Talk」は1973年にアメリカでスマッシュ・ヒットを記録し、2,3年の時差を経て日本にも上陸、東京の街でもよく耳にした曲です。当時はセクシーな歌として一世を風靡しました。ロビンソンという苗字はあとから知りました。

シルヴィアはティーンの頃に歌手としてデビュー、当時はパートナーのミッキー・ベィカーと「ミッキー&シルヴィア」というデュオで活躍していました。「Love Is Strange」という曲がチャート入りしているので知っている人もいるかと思います。ま、発表されたのがドューワップ・ブームのさなか、1956年とかなり古いので若い人たちは知らないでしょう。デュオを解散したあとジョー・ロビンソンと結婚したシルヴィアは8トラックのレコーディング・スタジオを始めます。それが発展してレコード・レーベル、オール・プラチナムを1968年に立ち上げ、当時まだ珍しかった女性プロデューサーとして活躍することになります。1970年、シルヴィア自身が作詞、プロデュースに加わったザ・モーメンツのスィート・バラード、「Love On A Two Way Street」をシングルでリリースしたところ大ヒットを記録、ビルボードのソウル・シングル・チャート5週連続ナンバー・ワンに輝きました。この曲はジェイZが「Empire State of Mind」でサンプル、アリーシャ・キーズがフックを歌っています。

ソ ング・ライター/プロデューサーとして確立したシルヴィアはさらに多くの作品を発表していきます。「ピロー・トーク」はシルヴィアが書いたデモ用の曲で、 アル・グリーンに送ったところ、信仰心の厚い彼としては受け入れることはできないという理由でお蔵入りになってしまったとか。「それだったら私が自分で 歌ってみようかしら。」ということでリリースしたところ予想外の反響で、R&Bチャートのナンバー1になってしまったほどのビッグ・ヒットになりました。しばらく第一線での活動をしていなかったシルヴィア、「ピロー・トーク」のヒットで歌手としてカムバックしたのでした。もちろん、自分のレーベルからリリースしています。

ロビンソン夫妻の経営するオール・プラチナム・レコードは順調に成長していきました。音楽業界はバブルだったのか、気を良くした夫妻は「チェス・レコード」のカタログを買い取ります。チェスは1950年にシカゴで設立、マディー・ウォーターズ、チャック・ベリーといった大物ミュージシャンが所属していたことで知られています。「チェス・レコーズ」はブルース、ドュワップ、ソウル、R&Bが全盛期を迎えた60年代のシーンの主役でした。モータウン・レコードが台頭するちょっと前のことです。ビヨンセがエタ・ジェームス役で熱唱して評判になった「キャデラック・レコーズ」はこのチェス・レコーズ物語を映画化したものです。

ロビンソン夫妻はチェスを買ったところまではよかったのですが、新しいアーティストの育成、大々的なマーケティング展開をするための資金が底をついてしまい境地に立たされてしまいました。ここで一発大ヒットがほしいところ……..。

おりしもダンス・ミュージック業界では「ラップ・ミュージック」なるものが話題になっていました。ローカル・クラブなどでDJがレコードをかけながらマイクで喋るという技法が新しいのだと息子のジョーイから聞いたシルヴィアは「これだ!」と閃いたのです。それの結果生まれたのがシックの「Good Times」をサンプルしたシュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」というレコードです。まだサンプルという概念は理解されておらず、最初にリリースした盤にはシック及びナイル・ロジャースのクレジットはありませんでした。ターンテーブル1台とラッパーさえいればレコードが作れてしまう……..。ヒップホップ・ブームはニューヨークだけでなく全米を制覇してしまいました。シルヴィア・プロデュースによるフォロー・アップ曲、グランド・マスター・フラッシュ&フューリアス5の「メッセージ」は黒人社会、さらにアメリカ社会の問題点に焦点をあて、爆発的なヒットを記録しました。もはやヒップホップは単なるブームではなくなり、社会現象として全世界に羽ばたくこととなったのです。

1990年代、ニュージャージーのイングルウッドにあるシルヴィアのオフィスを訪ねたことがあります。ゴールドやプラチナ・アルバムが壁一面に飾られていました。現場の仕事はほとんど息子のジョーイに任せていたようです。ジョーイ・ロビンソンJr.はその昔、West Street Mob というラップ・グループを結成して母親の経営するシュガーヒル・レコーズからアルバムを出していたこともあります。シルヴィアと何を話したかはほとんど覚 えていませんが、半世紀ほどもバリバリ現役でがんばっているエグゼクのはずなのにそんな印象は全くなく、頼れる黒人のおばさんというほのぼのとしたヴァイ ブを感じました。料理好きで、よくバーベキュー・パーティーをしてはアイズリー・ブラザースやウィルソン・ピケットといった音楽仲間を招いてご馳走をふる まったという話を聞いたことがあります。招待された人たちが羨ましい………..。

シルヴィアは亡くなる5か月ほど前からずっと病気だったそうです。死因は心臓病、75歳でした。R.I.P.

( 伊藤弥住子)

Sylvia Robinson, The Co-Founder of Sugar Hill Records Dies

Harlem native, Sylvia Robinson died on September 29.

Sylvia Robinson, a singer, songwriter and record producer whose music resume includes the 1957 song “Love Is Strange,” the 1973 solo hit “Pillow Talk” and 1979 rap classic “Rapper’s Delight.” Ms. Robinson lived in Englewood, N.J.

Born Sylvia Vanderpool in New York City in 1936, Ms. Robinson made her recording debut at 14 singing blues while she was still a student at Washington Irving High School in lower Manhattan. She went on to make several other blues recordings for before joining forces with Mr. Baker in 1956.

She sang with Mickey Baker as part of the duo Mickey & Sylvia in the 1950s and had several hits, including “Love Is Strange,” a No. 1 R&B song in 1957. After several hits, Mickey & Sylvia broke up in 1962 when Mr. Baker moved to Paris.

Two years later, Ms. Robinson married Joseph Robinson, a musician, and settled in Englewood, where the couple opened an eight-track recording studio, Soul Sound, which, like Motown and Stax, had its own house band of backing musicians. The Robinsons formed the All Platinum record company in 1968, and Sylvia became one of the few female record producers at the time. She played an important role in the career of The Moments, producing their 1970 hit single “Love on a Two-Way Street,” later sampled by Jay Z & Alicia Key’s “Empire State of Mind.”

The company’s biggest hit was “Pillow Talk,” written and performed by Ms. Robinson. After the song had been turned down as too risque by the soul star Al Green, Ms. Robinson recorded the disco track in 1973.

When “Pillow Talk” was a hit, Sylvia Robinson was simply identified by her first name.

By the late 1970s, All Platinum was in financial difficulties, caused in part by the Robinsons’ purchase in 1975 for close to $1m of the rights to the Chess Records catalogue, which included recordings by Chuck Berry and Muddy Waters. They intended to record new material under the Chess banner, but found they could not afford to. In 1979 the company was thrown a lifeline.

Ms. Robinson was alerted by her teenage son Joey to the new sounds developing in the Bronx. She saw where a DJ (Lovebug Starski at the Harlem World nightclub) was talking (to the music) and the crowd was responding to what he was saying. And this was the first time she ever heard this before. She said, ‘Joey, wouldn’t this be a great idea to make a rap record?’

Using Joey Robinson as a talent scout, she found three young, unknown rappers in Englewood — Big Bank Hank, Wonder Mike and Master Gee — and persuaded them to record improvised rhymes as the Sugar Hill Gang over a nearly 15-minute rhythm track adapted from Chic’s “Good Times.” She was the mastermind behind the Sugar Hill Gang’s “Rapper’s Delight,” the first hip-hop single to become a commercial hit. It sold more than 8 million copies, reached No. 4 on the R&B charts and No. 36 on Billboard’s Hot 100, opening the gates for other hip-hop artists.

Some called her “the mother of hip-hop.”

Ms. Robinson later signed Grandmaster Flash and the Furious Five, and in 1982 she was a producer of their seminal song, “The Message.” It was groundbreaking rap about ghetto life that became one of the most powerful social commentaries of its time

Ms. Robinson was the mother to three sons, Joseph Robinson Jr., Leland Robinson and Rhondo Robinson.

Absolute Funk ジョージ・クリントン「追悼」イベント アポロ劇場で開催!

ジョージ・クリントンの追悼イベントが10月25日アポロ劇場で開かれました。え?追悼……?まだ健在のはずなのに…….。

よく聞いてみたらジョージ・クリントンの業績を讃えるチャリティー・イベントだとのこと。ニューヨークの医療保険制度が危機に瀕しているというので各イベントを開催してその収益をシステム改善費用に充てるというのが目的だとか。各企業から寄付を募り、NYのブラック・ステーション、KISS FMが宣伝役をかってでました。

会場のアポロ劇場へはタイムズ・スクウェアから地下的 A Trainに乗って2つめの駅125丁目で下車します。開演は8時。まずはTye Tribbett率いるゴスペル・バンドが登場し、軽くウォーム・アップします。ショーの合間にビデオ・スクリーンでジョージ・クリントンとパーラメント・ファンカデリックのインタビュー・クリップやコメディアンのコメントなどが流れます。何と、今年でジョージ・クリントンはデビュー50周年を迎えたのだそうです。

クリス・ロックによると、ジョージ・クリントンは本人が死ぬ前に必ず見ておかないといけないアーティストなのだとか…….。「ジェームス・ブラウンも死んじゃったし、リック・ジェームス、バリー・ホワイト、アイザック・ヘイズも死んじゃった。あのマイケル・ジャクソンも死んじゃった。残っているのはジョージ・クリントンとプリンスだけ。」

この日のパフォーマーはフル・フォース、ノーナ・ヘンドリックス、ポール・シェーファー&クエスト・ラヴ、シーラE、ブーツィー・コリンズ、バーニー・ウォレル、ヴァーノン・リードなど錚々たる顔ぶれ。

ショーの進行役はキスFMのパーソナリティー、バグジィーです。「今日はPファンクのゴッドファーザー、ジョージ・クリントンも駆けつけてくれました。」というアナウンスが………。ふと見ると、アポロのステージ右手のロイヤル・ボックス席にあの伝説のジョージ・クリントン本人がいるではありませんか!トレードマークだった七色のヒッピー・ヘアをぷっつりと切り落とし、グリーンのピンプがかぶるような羽のついた帽子を被り、赤シャツにダーク・スーツと抑えたファッションではありますがギャングスターの親分といった貫禄があります。隣りには長年サイド・キックを務めてきたベーシストのブーツィー・コリンズが、カラフルな山高帽に星形のサングラス姿で座っていました。


ビデオ・スクリーンには、ジョージ・クリントンの「Atomic Dog」をサンプルしたおかげで大ヒットになったというコメントつきで、Dr. Dre プロデュースによるスヌープ・ドッグの「Who Am I (What’s My Name) ?」の音と映像が流れました。パーラメント・ファンカデリックの音楽は多くのヒップホップ・アーティストに引き継がれて今日に至っている、つまり、創始者のジョージ・クリントンはヒップホップ界のゴッドファーザーでもある、というような内容のナレーションでした。
パティ・ラベル、サラ・ダッシュとともに LaBelle のメンバーとして活躍していたノーナ・ヘンドリックスが昔と変らないスリムな姿で表れ、パフォーマンスを披露、ロイヤル・ボックスにいるジョージ・クリントンに敬意を表しました。
TV人気トーク番組、「ディヴィッド・レターマン・ショー」のハウスバンドのリーダー、ポール・シェーファーがファンキーなドラマー、ルーツのクエスト・ラヴを伴ってライヴを繰り広げます。ポールは白人ですが、ブルース・ブラザースの音楽を担当したほか、これまで多くのブラック・ミュージシャンとのコラボ経験があります。大好きなPファンクとあっておもいきりグルーヴィーなサウンドでアピール、アポロの観客にも認められていたようです。
リビング・カラーのメンバ−だったヴァーノン・リードによる「Maggot Brain」や、キーボード・プレーヤーのバーニー・ウォレル演奏のビートルズのヒット曲、「Come Together」、そしてPファンクの名曲、「Flashlight」……..、まさに funked out という表現がぴったりです。
久々に見るシーラEが若くて美しいのにはビックリ。Pファンク・ファンなら誰でも大好きな曲、「 Give Up the Funk 」をパーカッションを叩きながら歌います。比較的年齢層の高いオーディエンスも、 We want the funk と全員総立ちで歌いまくりました。
いよいよ、特別ゲストのブーツィー・コリンズの出番が回ってきました。準備万端、真っ赤でキラキラ光る衣装に着替えたブーツィーがステージの袖で控えているのが見えます。ところがなかなかステージに出てきません。何かハプニングがあったようです。エンジニアらしきスタッフがアンプをチェックしていますが渋い表情で首を振っています。しばらくしてブーツィーが登場、「故障してベースが使えないんだ。でもショーは続けよう!」とベースを弾くジェスチャーをしながらパフォーマンスをしました。
いよいよ大御所、ゴッドファーザー・オブ・ファンクの登場です。パーラメント・ファンカデリックは昔からステージにたくさんミュージシャンが集まってジャムセッションをすることで知られています。ヒップホップDJの草分け、クール・ハークをはじめ、ヒップホップ界のパイオニア、ファブ5フレディ、出たがり大学教授、コーネル・ウエストなどたくさんの人が駆けつけてくれて、フィナーレに近くなる頃には舞台に50人以上の人たちがひしめき合っていました。出演者全員が舞台に集合、One Nation Under A Groove を大合唱、まさにアポロ劇場がワン・ネーションと化したファンキーな夕べとなりました。
P.S. このあと出演者たちのアフター・パーティーがミッドタウンのタイム・ホテルで行われ、レディ・ガガも遊びに来ていたとのこと。

( 伊藤弥住子)

Absolute Funk : Honoring George Clinton

On Tuesday, October 25, STAT! For New York City’s Public Hospitals! and KISS FM hosted a tribute to legendary musician George Clinton, the “Godfather of Funk,” at the Apollo Theater.
It was one city under a groove in this all-star tribute to George Clinton aka ‘Dr. Funkenstein’ founder of Parliament Funkadelic, under the musical direction of Ray Chew Live (American Idol, BET Awards, Showtime at the Apollo). We celebrated George and his 50 years in the funk and soul business with an amazing variety of P-Funk friends, musical collaborators, and other guests. The evening will also commemorate the lives of Parliament/Funkadelic members no longer with us.

Featured performers were Paul Shaffer, Nona Hendryx, Vernon Reid, Full Force, Sheila E., Tye Tribbett, Questlove, Kim Burrell, Bootsy Collins, Bernie Worrell, and more. Tribute video conceived and produced by Reginald Hudlin and Vivian Scott Chew.