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クエスト・ラヴ、他界した父におくる言葉 Questlove Pays Tribute To His Father, Lee Andrews

Lee Andres and the Hearts

 

ドゥー ワップ・グループ、リー・アンドリュース&ザ・ハーツのリード・シンガー、リー・アンドリュース(本名、アーサー・リー・アンドリュース・トンプ ソン)が3月16日に亡くなりました。79歳でした。フィラデルフィアの有名グループで、リー・アンドリュースのなめらかでベルベットのようなテナーの美 声はアメリカだけでなく、日本にもファンを沢山作りました。私もその一人で、彼らのヒット曲、「Try The Impossible (1958)」や「Long Lonely Nights (1957)」をレコード盤でよく聴いていました。

ザ・ルーツのアミール・トンプソン a.k.a. クエスト・ラヴのお父さんがリー・アンドリュースだと知ったのは確か、1999年、ザ・ルーツがアルバム ”Things Fall Apart”をリリースした頃だったと思います。いやぁ、感激しました。クエスト・ラヴと取材以外で話す機会があった時にお父さんのことを聞いてみたことがあります。その時のクエストの反応がちょっと中途半端だったのがとても意外だったのを覚えています。「オヤジのバンドのドラマーとして子供の頃からツアーしてたよ。」とポツリ、と言ったっきり。いつもは饒舌なのに….。あまり聞かれたくない、といった様子でした。

後で知ったのですが、クエストがザ・ルーツというラップ・バンドを始めたことを打ち明けた時、お父さんのアーサー・トンプソン(リー・アンドリュース)は激怒したらしいのです。「ラップなんて音楽じゃない。お前には、そこいらのゲトーな連中と同じような人生を歩んでほしくない!」と、ほとんど勘当寸前、といった状況だったといいます。ドゥーワップは、どちらかと言うとクラシックなR&B音楽に属し、クリーン・カットにスーツ姿でパフォーマンスをする黒人シンガーたちは、正統派ブラック・ミュージックとして世間からもリスペクトされていました。50年代にリー・アンドリュース&ザ・ハーツを結成し、「ロング・ロンリー・ナイツ」「ティアドロップス」「トライ・ジ・インパッシブル」などのヒット曲を放ちスターとしての地位を確立したアーサー・トンプソンにとって、息子がラップ音楽をやるなんてとんでもない、許しがたい反逆行為だと映ったのかもしれません。トンプソン父子の確執はしばらく続いたようです。
私は80年代にニューヨークに移住しました。大のドゥーワップ・ファンで、「リー・アンドリュースがコンサートに出演する」というニュースを聞いてスタテン・アイランドまで行ったことがあります。たぶん、1985年の夏だったと思います。会場は学校の講堂みたいなところで、すでに衰退気味だった昔のドゥーワップ・グループを何組か集めたオールディーズ・コンサートでした。男ばかりのメンバーのはずのザ・ハーツは全員女性のメンバーでした。リー・アンドリュースの奥さんと娘さんがメンバーだったこともあると聞いたことがあります。もしかしたら、私が見たリー・アンドリュース&ザ・ハーツは、まだティーンだったクエスト・ラヴがドラマーで、バック・コーラスはお母さんとお姉さんだったのかもしれません。

その後もリー・アンドリュースは現役でライヴ活動を続けていたようです。数年前に聴いた歌声は全盛期と変わらない、スムーズなヴォーカルでした。

以下、79年の生涯を終えた父へ、クエスト・ラブからのメッセージです。

「おやじ、アイ・ラヴ・ユー。バックステージでの経験、ドラム・レッスン、仕事を通しての人生の教訓、すべておやじから教わった。オレが最初にラップをやりたいって言った時のおやじの顔、忘れないよ。そして、その5年後、もうおやじは働かなくていいよって言った時のおやじの顔……、忘れない。確かに80年代のウエスト・フィリーの環境は決して良くなかったけど、当時は何でオレに辛く当たるのか理解できなかった。でも、今では感謝している。おやじが誇りに思える人間になれるようにがんばる。」

さようなら、アーサー・リー・アンドリュース・トンプソン。涙(Tear Drops)。

伊藤弥住子

リー・アンドリュース&ザ・ハーツの詳細及びディスコグラフィーは以下をご参照ください(英語)。

http://www.uncamarvy.com/LAHearts/lahearts.html

 

[ライブレポート] 元祖ファンキー・ディーバ、チャカ・カーン、ブルックリン公演!An Evening With Chaka Khan


Чака Кан
 американска певица

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Evening With Chaka Khan

そして、2月19日(金)、ブルックリンのキングス・シアターで歌姫、チャカ・カーンの公演が開催されました。これまでにグラミー賞10部門受賞した実力派ディーヴァの迫力あるライヴが観られるチャンスです。あまり知られていませんが、チャカ・カーンはまだティーンの頃、ブラック・パンサーのシカゴ支部に所属していたことがあります。まさに、ブラック・ヒストリー・マンスにふさわしいイベントだと思います。その貴重なライヴのようすをレポートしましょう。

黒のロング・ブーツにワイン・カラーのローブ、ウェストに黒いベルトをきっちり締めてステージに現れたチャカ、”Do You Love What You Feel,” “I Feel For You” などヒット曲を披露、

力強いヴォーカルで観客を圧倒します。“I Feel For You” はプリンスが作ったトラックにラッパー、グランドマスター・メリー・メルの♪♪Ch-ch-ch-chaka-chaka-chaka Khan♪ というラップで一躍チャートに躍り出たヒット曲なのですが、実はチャカはあまり好きでない曲なのだそうです。チャカ・カーン、チャカ・カーンと何度も名前を呼ばれるのがうっとおしいのだとか……。この日のライヴでも、ほとんどイントロのみで曲をカットしてしまいました。

チャカのライヴは舞台演出等は全くなし。バンドとバック・シンガーと本人のみ、音楽で勝負という姿勢が私はとても好きです。ヴォーカルが命。粋ですね。本人もステージの上が一番リラックスできるらしく、アットホームな空気が伝わります。床にソング・リストが書いてある紙が貼ってあるらしいのですが、文字が小さくて読めない様子。「え、何て書いてあるの。次はどの曲?」と、まぁ、ゆるい感じで進行してゆきます。中盤、「あ、ちょっと何かが壊れちゃった。フィックスしてくるので待っててね。」と意味不明なセリフを残して楽屋に消えてしまいました。残されたバンドとバック・シンガーたち、この窮地をどう乗り切るのか……..。バンド・リーダーらしきギター・プレーヤーがあたりさわりのないインストでこの場を取り繕います(汗)。

Chaka Khan - The Kings Theather
しばらく経ってチャカ再登場。お色直しをして今度は黒の衣装、ハイヒールのブーツは脱いできてしまって裸足で歩き回ります。チャカのカバーで大ヒットした”Papillon (Hot Butterfly)”を熱唱します。

次の曲のイントロが流れると、チャカが「この曲はもともとはインストルメンタルだったの。それに作詞をしてくれたのが、え~と、誰だったかな、あ、そうそうデヴィッド・フォスター。」と紹介してくれたのが、あのカニエ・ウエストがサンプリングして大ブレイクした”Through The Fire” です。カニエのバージョンはパロディらしく “Through The Wire” ですが。

“Sweet Thing,” “My Funny Valentine” と、ヒット・メドレーで綴ります。ダイナミックな歌声、62歳という年齢を感じさせません。“Tell Me Something Good” はほとんど客席にマイクを向けて大合唱。ところが衣装に支障をきたしたとかでブレークをとったため時間切れとなり、本来ならばフィナーレ曲ではない“I’m Every Woman”を歌って「チャカ・カーンとの夕べ」は幕を降ろすことに・・・!

おかげでみんなが聞きたかった「あのフィナーレ曲」はカットせざるを得なくなってしまいました! この緊急事態?に、私の席の後ろにいた熱狂的ファンらしきオジさん二人、「まだ”Ain’t Nobody”を歌っていないぞ。エイン・ノー・バーーーディ! 」と叫び、♪♪Captured effortlessly/That’s the way it was/Happened so naturally……….Oh oh oh oh/Ain’t nobody/Loves me better….♪と歌い出し、往生際の悪さをさらけ出す始末。それが、オンチで……..。ま、そこがファンキーなブルックリンの楽しいところでもあるのですが…….。

ライブが終わったのは夜中の12時過ぎ。ちなみに帰りに通りかかった地元の床屋はまだオープンしていて満員御礼でした。

<ブルックリン・キングス・シアター>

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改装工事をしてすっかり生まれ変わったブルックリンのキングス・シアター。昨年2月に再オープン、こけら落としはダイアナ・ロスをフィーチャーしたライ ヴ・ショーでした。すっかり細くなって若返ったグラディス・ナイトもこのエレガントはキングス・シアターでライヴを行いました。

Evening with Chaka Khan

Friday, 2/19

The Kings Theater

1027 Flatbush Ave
Brooklyn, New York

伊藤 弥住子

An Evening With Chaka Khan

Chaka Khan - The Kings TheatherЧака Кан американска певица

日本語

Formerly Loew’s Kings Theatre, The Kings Theatre is a historical theater in Flatbush neighborhood of Brooklyn, New York. Opened in 1929 and closed in 1977, the theater sat empty for decades until a complete renovation was initiated in 2010. The theater reopened to the public on January 23, 2015. Diana Ross was the featured artist for the gala reopening performance on February 3, 2015.

On February 19, 2016, almost one year later, the Kings Theater featured the legendary Chaka Khan.

Chaka Khan Concert Review

The Chicago-native Diva came on stage wearing a sexy burgundy-colored tunic with a wide black belt around her waist and black thigh-high boots over black tight pants.

The Queen of Funk heated up the theater packed with the rather mature audience with a set that spanned her greatest hits. She started off the soul/disco hit by Rufus and Chaka,  “Do You Love What You Feel,” one of her last hits before fully going solo.

Oh, boy did she sing her heart out! One thing I love about her show is that it’s no gimmick,  no props, no dancers, just her great voice.

Ms. Chaka Khan once mentioned that she didn’t like the Prince produced song “I Feel For You,” as it features Grandmaster Melle Mel on the classic Ch-ch-ch-chaka-chaka-chaka Khan rap which annoys her. But she sang just to touch on material that her more loyal fans would recognize.

Before she finishes the half set of her performance she said to the audience, “Something broke and I have to fix it,” then went off-stage. Puzzled three female backup singers and the band stayed behind to give the crowd some jazzy intermission instrumentals.

After for a while Ms. Khan finally came back on stage with black shiny outfit and the same black pants but no boots. She is getting laidback and went on singing her beautiful rendition of “Papillon (a.k.a. Hot Butterfly).”

“This was composed first as an instrumental. What’s his name……., oh yeah, David Foster wrote the lyrics, “ she introduced her next song then started to sing “Through The Fire.”

The song was sampled by Kanye West and “Through The Wire” became his breakthrough debut single.

The performance also includes jazzy “Funny Valentine,” the 1995 hit from the “Waiting to Exhale” soundtrack, the sultry 1975 number one R&B hit “Sweet Thing,” and the 1974-hit written by Stevie Wonder “Tell Me Something Good,” followed by the LGBT anthem “I’m Every Woman.” Chaka Khan was supposed to end the night’s performance with her 1983 number 1 R&B chart signature hit “Ain’t Nobody” but due to her costume malfunction the show was cut in short. She walked off the stage abruptly.

2 black guys behind my seat started shouting, “You didn’t sing ‘Ain’t Nobody’, ‘Ain’t Nobody’,” then they started to sing off key. Not the great way to end the perfect night…..

It’s funky Brooklyn after all. Good Night!

Evening with Chaka Khan

Friday, 2/19

The Kings Theater

1027 Flatbush Ave
Brooklyn, New York

 

奴隷解放のヒーロー フレデリック・ダグラスを支えた女性たち Women Who Helped Frederick Washington Bailey Become Frederick Douglass

FrederickDouglass-1848

<Black History Month Special 黒人歴史月間特集>

черный месяц истории – Антирабовладельческая деятельность Фредерика Дугласа

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フレデリック・ダグラス  February, 1818 – February 20, 1895   

今から200年ほど前に生まれ、生涯、奴隷解放運動のために全力を尽くした元奴隷、フレデリック・ダグラスの功績は計り知れません。後半は婦人参政権運動や、女性の権利を守るのための闘いに参加したり、ウーマン・リブの先駆け的役割を担ったことでもよく知られています。

1818年2月、(本人は自分の正確な年齢を知らず、のちのリサーチで確認されました)黒人奴隷の母、ハリエット・ベィリーと謎の白人の父との間にフレデリック・ベィリー(旧姓)は生まれました。端正な顔立ち、180cmを越す長身でスリムなフレデリックは女性の間でも人気があったようです。奴隷として働かされてきたフレデリックですが、農場での強制労働や、監視の暴力にほとほと嫌気がさし、2度ほど逃亡を試みましたが、いずれも失敗に終わり、折檻されています。

ただの奴隷から身を起こし、US Marshal〈裁判執行官〉にまで出世したフレデリックは誰からも尊敬されています。実は、彼が偉業を成し遂げることができたのは多くの女性たちの助けがあったからだと私は思っています。フレデリック・ベィリーとして生まれたメリーランド州の奴隷が、のちの世に知られるようになる「フレデリック・ダグラス」になれたのも、4人の女性の力によるものだと私は密かに思っています。いったいどんな女性たちなのかご紹介していきましょう。

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