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グリーン・ブック – 最悪のベスト・ピクチャー?


「グリーン・ブック」が、第91回アカデミー賞で作品賞 (Best Picture) など、3部門 (Best Supporting Actor – Mahershala Ali, Best Original Screenplay)でオスカーを受賞ました。監督のピーター・ファレリーは、受賞スピーチで、「ヴィゴ・モーテルセンがいたからできた映画」と、ヴィゴを大絶賛。ところが、「グリーン・ブック」の受賞をめぐって、「受賞に値しない!」との論議が巻き起こっています。特に、「BlackKklansman」で初のオスカーを受賞した監督、スパイク・リーの怒りが爆発、「ハリウッドは30年経っても全く変わっていない!」

ハーレム2ニッポンでも作品のレビューをしましたが、「グリーン・ブック」は、人種差別の激しかったアメリカで、(白人の側からみた)白人と黒人の友情を描いたハリウッド作品です。白人と黒人でも、心が通じ合うということをアピールしようとした、きれいごとの世界が「グリーン・ブック」だと言えます。観たあと、ピースフルな気持ちになれる、娯楽映画として、よくできた作品ですが、脚本にかかわった監督のピーター・ファレリーをはじめ、スタッフ陣はほとんどが白人で、社会における黒人たちの本当の姿を伝えていない、というのは事実です。それでも、私たち日本人にとっては、アメリカにグリーン・ブックという黒人のための旅行ガイドが存在した、ということ自体新しい発見なので、そういう世界への入口となるこの映画はとても意義があると思います。

グリーン・ブック映画レビューを読む

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If Beale Street Could Talk 映画封切り、好調なスタート

バリー・ジェンキンス監督の新作、ジェームズ・ボールドウィン原作の、『If Beale Street Could Talk』が12月14日(金)封切りになりました。マンハッタンでは、リンカーン・センターの「AMC Loews Lincoln Square 13」と、ダウンタウンの「アンジェリカ・フィルム・センター」の二か所のみですが、好調なスタートのようです。初日の金曜日には、ジェンキンス監督と、女優のレジーナ・キングが劇場に駆けつけ、挨拶、質疑応答を行うことになっています。

ビール・ストリートの恋人たち Fonny and Tish

ハーレムの公園を歩く、主人公のフォニーことAlonzo Hunt、 22歳と、恋人のティッシュ、19歳を頭上から追っていくシーンから始まります。1970年代が舞台なので、ファッションや髪形も当時を復元しています。細やかな映像で知られるジェンキンス監督、昔の良きハーレムを再現してくれます。

希望に満ちた若いカップルの爽やかなオープニング・シーン…….、そして、恋人のフォニーが、今は刑務所のガラス越しにいる、という現実…….。ティッシュは、フォニーに「あなた、父親になるのよ。」と自分が妊娠していることを告げます。ティッシュは母にも話し、フォニーの家族を呼び寄せ、新しい命が育まれていることを伝えます。この小さな命がこの物語の始まりです。

獄中にいるフォニーと、過去のふたりのエピソードが交錯します。フラッシュ・バックが多いので、ちょっと分かりにくいかも知れません。

フォニーの昔の友達、ダニエルにばったり会います。ぽつり、ぽつり、ダニエルはこれまで何があったか話し出します。車の運転もできないのに、車の窃盗犯としての濡れ衣をかけられ、なすすべもなく、2年間服役して出てきたばかり…….。刑務所の中では想像を絶するような忌まわしい出来事が日常茶飯事に起きている……..。楽天家でひょうきんだったダニエルに、昔の面影はありませんでした……。「白人は悪魔だ…..」とダニエルは言います。「あいつら、やろうと思えば俺たちに何だってできるんだ。they can do with you whatever they want……whatever they want」、黒人の男たちはそれが何を意味するか、痛いほどわかっているのです。ここはビール・ストリート(黒人社会)だから…….。

差別と貧困の現実

ふたりの家族は、力を合わせてフォニーを釈放してもらおうと奔走します。ティッシュの姉のつてで、ジューイッシュの若手の弁護士を紹介してもらいます。黒人の弁護をしてくれる弁護士は多くはありません。まだ経験の浅いヘイワードですが、他に弁護してくれるベターな候補者がいないのです。貧困なハーレムの住人にとって、ヘイワードの弁護士費用を捻出することは容易ではありません。ティッシュの父親は港で荷役として働いています。めいっぱい残業し、少しでも稼ぎを増やそうとがんばります。ガーメント・ディストリクトの衣料問屋で働くフォニーの父親、フランクも同様、できるだけ長時間働いて収入を増やそうと努力します。まともに働いてもロクな給料をもらえない、ほとんど日雇いのような黒人の男たちには明るい未来はないかのよう。ふたりは、よこしまなことを考えます。職場の商品を横流しし、小遣い稼ぎをします。

レイシスト警官、ベルの罠

フォニーは、自分が逮捕されたのは、以前接触のあった白人警官、ベルの仕業だと信じ込みます。ビレッジのデリでティッシュがチンピラにからまれていたのをみつけ、そいつを殴って痛めつけた時、あの忌まわしいベルがやってきたのでした。まるで、フォニーを犯罪者のように扱い、連行しようとしたベル。たまたま、デリのオーナーのイタリア人のおばさんがその場を収めてくれて難を逃れたのですが、ベルの、「今度会ったら…….(覚えていろよ)」という葉が脳裏に焼き付いていました。

プエルトカンのビクトリアがレイプされたと通報を受けたベル。犯人の唯一の手がかりは「黒人」というだけ。警官ベルは、フォニーのダウンタウンの棲み家のドアを叩き、彼を連行したのでした。その時、フォニーの他にティッシュとダニエルがいて、十分なアリバイがあったにもかかわらず、です。事件が起きたのはローアー・イーストサイドのオーチャード・ストリート、そして、フォニーの家はウエスト・ビレッジのバンク・ストリート、どう考えても犯行のあと走って逃げてこれる距離ではありません。「あの時の逆恨みに違いない、……。」フォニーは背筋が震えるのを感じます。

フォニーは、容疑者として被害者のビクトリアの前に突き出されます。他にもプエルトカンや浅黒い男たちが並ばされました。「この男です。」と女はフォニーを指さしました。唯一の黒人がフォニーだったからです。女の一言でフォニーは刑務所にぶち込まれました。「あいつら(白人)は、やろうと思えば俺たちに何だってできるんだ。」吐き捨てるように言ったダニエルの言葉が蘇ってきます。

「あの女は嘘をついている。」、ティッシュの家族は、プエルトリカンの女、ビクトリアを探し出し、証言を撤回させようと作戦を立てます。そのさなか、ビクトリアは姿を消してしまいます。

ジェンキンス監督は、原作に忠実に描いてゆきます。ジャズや当時のR&B音楽を散りばめ、裸電球のまぶしい光に焦点を当てるなど、きっと作者のジェームス・ボールドウィンもこんなビジュアルを想定していたのかもしれない、と思わせるような見事なディレクションです。

ありえない結末…..!

ぶじに男の子を出産したティッシュ、生まれたばかりの赤ちゃんと入浴して母親になった喜びをかみしめるピースフルなシーン。エンディングは、息子を連れたティッシュが刑務所に面会に訪れ、家族3人でスナックを食べながら笑っている…….、え? まるでハッピー・エンドのような結末…….。あまり絶望的なエンディングにしたくない、という気持ちがあったのかも知れませんが、これはジェンキンス監督の創作であって、ボールドウィンが意図した結末ではありません。

原作では、ようやく保釈金のメドがつき、フォニーがティッシュのもとに帰ってこられる日も間近、という矢先にフォニーの父親が自殺してしまうのです。フォニーの保釈金をかき集めるために、フランクは危険を承知でたびたび職場で盗みをはたらいていて、それが発覚し、その場でクビになってしまいます。泥酔して家に帰ってきて、またすぐに外出したまま行方不明になっていたフランク。2日後、ハドソン川上流の森林で死体となって発見されます。フランクの死は、黒人たちのおかれた劣悪な環境を象徴しているのだと思います。人間らしく生きてゆくこともままならない黒人の男たち。悲惨な現実ではあるけれど、どこにも逃げ道がない……、それがボールドウィンの描く世界なのではないかと思います。

結末には異議あり、ですが、ボールドウィンの作品を映画化してくれたバリー・ジェンキンスには感謝。もっとこういう映画が多く制作されることを願っています。

伊藤 弥住子

JB ファン待望の If Beale Street Could Talk 映画化、12月14日全米公開

黒人であることが一体、どういうことなのか……。生涯をかけて問いかけたハーレム出身の黒人作家、ジェームス・ボールドウィンの問題小説、「もし、ビール・ストリートが語ることができたら……。If Beale Street Could Talk」が映画化され、トロント国際映画祭で大絶賛されました。12月14日に全米で公開されます。監督は、「ムーンライト」で初のオスカーを受賞したバリー・ジェンキンス。奇をてらわず、繊細な映像で定評のある監督で、日本人固有の侘び、サビにも通じるものがあります。

20世紀半ばのアメリカ合衆国における、人種問題と性の問題を扱った代表的な黒人作家として知られるジェームズ・ボールドウィン。彼の小説の中でも家族の重要性を描いたのが、この映画、『If Beale Street Could Talk』です。

テーマは、黒人社会ではよくある、身に覚えのない強姦罪で投獄された若者と、彼を取り巻く恋人、家族たちの愛と葛藤の物語です。舞台はニューヨークのハーレム、まだ人種差別が根強く残っている1970年代の出来事です。

黒人の原点、Beale Street

大のジャズ/ブルース・ファンで知られるジェームス・ボールドウィン、タイトルにビール・ストリートを使ったのも、ブルースを一般に広めたことで知られるコンポーザー、M.C. ハンディの代表曲、「Beale Street Blues」にちなんだもの。ビール・ストリートはブルースの都、メンフィスにある繁華街の通りの名前で、このお話の舞台、ニューヨークにはこの地名はありません。ジェームス・ボールドウィン曰く、「アメリカに生まれた黒人はみな、ビール・ストリートに住んでいる。」つまり、同じ劣悪な環境に生きている、というのです。

ハーレムの愛の形 Fonny and Tish

主人公は、22歳の黒人アーティスト、フォニーことAlonzo Hunt、彼の幼馴染みでガール・フレンドの19歳のティッシュことClementine Rivers、ふたりを軸に物語が展開します。黒人街として知られるハーレム、そこに住むフォニーは貧しいながら、レストランのキッチンでパートの仕事をする傍ら、彫刻制作にいそしんでいます。「いつか、偉大なアーティストになる.」というアメリカン・ドリームを抱いて……..。

小学生の頃の初恋の相手、フォニーとティッシュは将来を誓い合います。もし、黒人でなければ純粋なラヴ・ストーリーだったはずの二人の愛……..。ティッシュの妊娠がわかった時には、すでにフォニーはレイプ容疑で獄中にいたのです。「もし、ビール・ストリートが語ることができたら、真実が明るみに出て、フォニーはすぐに釈放されるはずなのに……..。」黒人の厳しい現実…..…..。ティッシュを始め、二人の両親、きょうだいたちが弁護士の費用を出し合い、失踪したレイプ被害者の女性を探し、奔走します。「彼女が証言を取り下げればフォニーは無罪になる。」と信じて。

Go To Jail 刑務所という現実

フォニーの地元仲間、ダニエルもやはり、身に覚えのない罪に問われ、2年間の刑務所生活を送ります。フォニーとダニエルの会話から、アメリカの黒人たちのやるせない現状がクローズ・アップされます。刑務所内で暴行やレイプに遭い、すっかり人間性を失ってしまったダニエルにフォニーは語る言葉がありません。静寂だけが漂うばかり…….。

黒人の男にとって最も恐ろしいところは刑務所です。法律は黒人を守ってくれません。ダニエルの現実が、今度は自分に降りかかってきた…….、フォニーの果てしない闘いが始まります。

ゲイもストレートも同じ男、オレたちはみんなボールドウィンの落とし子

バリー・ジェンキンス監督が、若かりし頃から興味を持っていた作家がボールドウィンだったといいます。いつか映画化しよう、と取り組んできたのがこの「ビール・ストリートが語ることができたら……。」で、2013年「ムーンライト」と同時進行で脚本を執筆していたというだけに、彼にとっても念願の作品となります。出演は、新人で抜擢されたキキ・レインのほかステファン・ジェームス、ペドロ・パスカル、コルマン・ドミンゴ、レジーナ・キング、テヨナ・パリスなど。プロデュースは、「ムーンライト」で組んだブラッド・ピットの製作会社プランBのほかジェンキンス監督の製作会社パステルとアンナプルナ・ピクチャーズにより製作され、トロント国際映画祭でワールドプレミアされました。

ジェームス・ボールドウィン略歴

James Baldwin (August 2, 1924 – December 1, 1987) 享年63歳。

20世紀半ばの代表的な黒人作家。本人は、「黒人作家(二グロ・ライター)」と称されるのが嫌いで、「私は作家です。」と強調していました。黒人が正当に扱われていないアメリカを捨て、フランスやトルコなどに住んで執筆活動をしていました。

主な作品は、Go Tell It On The Mountain(1953年。少年牧師が主人公の自伝的小説), Giovanni’s Room(1956年。二人のホモセクシュアル、イタリア人のジォヴァンニとアメリカ人のディヴィドとの愛の葛藤を描いた問題作。), Another Country(1962年。黒人ジャズ・ミュージシャンが主人公で、彼の白人のガール・フレンド、彼を取り巻くバイセクシャルの友人など、当時タブー視されていた題材に焦点を当てた小説。)など。

「私は黒人で、しかもホモセクシュアル、さらに貧困の三重苦。もう、笑うしかないよね。」- James Baldwin

60年代のディープ・サウスが舞台「グリーン・ブック」大絶賛!

映画、「グリーン・ブック」が11月16日、金曜日に封切りになりました。観た人たち、一同に「Great film!」と大絶賛!

一体、どんな内容のお話なのでしょう。(ネタバレ注意。これから観る予定の人はこの先を読まないで下さい)

時代は1960年代、アメリカ大統領だったジョンFケネディが暗殺される前、黒人たちが特に南部で激しかった人種差別に抗議し、公民権運動が全米に広まりはじめました。

主人公は、ニューヨークに住む黒人クラシック・ピアニスト、ドクター・ドン・シャーリーと、彼が南部ツアーのために雇った、クラブ「コパカバーナ」のバウンサー、イタリア系白人の用心棒兼運転手、トニー・リップ。品がよくて教養豊かな、黒人らしくないドンと、移民たちで賑わう街、ニューヨークのブロンクスに住む、黒人に偏見を持つ、チンピラまがいのトニーと、全く違った世界に住むふたりの運命的な出会い…….。

この映画に登場するドンもトニーも実在の人物で、この物語はトニーの実の息子、ニック(Nick Vallelonga) の企画で、脚本も手掛けています。映画に描かれていることはすべて事実だそうです。

実在の天才ピアニスト、Dr.ドン・シャーリー

心理学の博士号を持つドン・シャーリーはジャマイカ出身のピアニストです。わずか3歳でピアノを弾き始め、類稀なるその才能は多くの人々に認められました。9歳の時、当時ソビエト共産主義政権下のレニングラード音楽院に招かれ、音楽家ミトロフスキー氏より、音楽の基礎理論からみっちり仕込まれました。ピアノの腕だけでなく、英語の他、フランス語、スペイン語、ロシア語などを話せるのも、世界中でコンサート・ピアニストとして活躍したからなのです。自分だけの世界に生きるドンは家族とも疎遠で、友達はウィスキーやブランディ―だけでした。

ブロンクス出身のバウンサー、トニー・ヴァレロンガ (Tony Lip)

1960年代のブロンクスは移民の坩堝でした。トニー・ヴァレロンガは、イタリア系移民で、マンハッタンの60丁目にあった一流クラブ、「コパカバーナ」のバウンサーをしていました。サミー・ディヴィス・ジュニアやサム・クック、シュープリームスなど、黒人ミュージシャンたちが出演したりして話題になりましたが、実は、黒人が客としては立ち入ることは禁じられていました。トニーは典型的な黒人差別主義者でした。ナイトクラブという裏の世界で、用心棒まがいのことをしてのし上がった荒くれ者です。どんな窮地もその口達者なことで切り抜けてきたツワモノです。やがて、口達者なトニー (Tony Lip) というニック・ネームで呼ばれるようになりました。

Green Book – The Journey to the Deep South

まだ飛行機の旅が一般的になる前、ミュージシャンたちは車で全米ツアーをしていました。モータウン・レコードのダイアナ・ロス&シュープリームス、テンプテーションズ、ジェームス・ブラウンなどのR&Bアーティスト達、ジャズやブルース・アーティスト達、それぞれ、バスや車で北から南まで各地で興行ををしました。映画、「グリーン・ブック」に登場する、クラシック・ピアニストのドン・シャーリーも例外ではありませんでした。ふたりのロシア系のミュージシャンとトリオを組み、ドンはニューヨークからアラバマ州のバーミングハムまで、2か月にわたる南部ツアーに出発することになりました。

クラシック音楽の殿堂、カーネギー・ホールの上階に住むドン・シャーリー。南部ツアーに出るにあたり、同行してくれる用心棒兼運転手を探すことになりました。運転歴や経験は二の次、ドンが求めているのは「人種偏見の激しい南部で、自分を守ってくれるタフな荒くれ者」です。所属レコード会社や関係者に調べさせ、格好の人物というので名前が挙がったのがトニー・リップでした。

「黒人の運転手?まっぴらだね。」と最初は取り合わなかったトニーですが、コパカバーナは改装のため閉店、クリスマスも間近、仕事にあぶれて途方に暮れ、しぶしぶ承諾します。レコード会社の担当者から、「南部ではこれが必要になるから、ほら。」と黒人用の旅行ガイド、”Green Book” を渡されます。ぱらぱらめくると、二グロ専用モーテル、レストランなど、地域別にリストされています。「クリスマス・イヴまでには必ず帰ってきてね。」という愛妻、ドロレスにしばしの別れを告げ、ドンとトニーの珍道中が始まります。

ニューヨークを出て、最初のコンサートはペンシルバニア州のピッツバーグです。比較的リベラルな街で、ドン・シャーリー・トリオは暖かく迎えられます。初めてドンのピアノ演奏を聴いたトニー、その華麗なプレイに驚きます。クラシック音楽なんて聴いたことはありませんでしたが、心にぐっとくる何かがありました。少しづつ、ふたりの距離がせばまってゆきます。ツアーの会場はコンサート・ホールだったり、富豪の邸宅だったり、さまざまな規模でライヴが繰り広げられます。

長い道中です。トニーはカー・ラジオに聞き入っています。ドンが、「今、ラジオでかかっているのは何?」と聞きます。「え、アレサ・フランクリンだよ。ドック (Doc) 、アレサ知らないの?」と驚くトニー。クラシック音楽の世界にどっぷり浸かり、まったく外界と接することのないドン・シャーリーは、巷でどんな音楽が流行っているのか、ほとんど気にかけたことがありません。ずっとナイトクラブで働いていたトニーは大の音楽好き、最新の曲は全部知っています。ここでは、黒人と白人の常識がくつがえっています。

愛妻、ドロレスから、「長距離電話は高いから、手紙を書いてね。できるだけ頻繁にね。」と言われ、トニーは誤字脱字だらけの稚拙な手紙を書いています。「最愛のドロレス、今日はランチにハンバーガーを食べました。味はフツウです。早く会いたい。以上。トニーより。」ちらりとその手紙を見たドン、「トニー、女性にはもう少しロマンチックなことを書かないと……。」と添削をして手伝ってあげます。ふたりの間にだんだん友情が芽生えてきます。

次の目的地に着いたドンとトニー、偶然にもトニーのイタリア人の仲間と遭遇します。「オレたち、ここで働いているんだ。よぅ、トニー、お前もそんなニガーの運転手なんかやめて、オレたちと一緒に仕事しようぜ、金だっていいんだぜ。あとでバーに来いよ。ゆっくり話そう。」と、トニーにわからないよう、彼らはイタリア語でトニーを説得します。危機を感じたドン、バーに行こうとするトニーを引き留め、「行かないでくれ。金は今までの倍払う。」と、イタリア語で話しかけ、トニーを驚かせます。そうです。ドンは何か国語も喋れるマルチな才能を持っていたのです。

田舎ののどかな風景が広がり始めます。美しいアメリカ南部の景色とは裏腹に、だんだん人種差別が顕著になってゆき、ひとりでバーに酒を飲みに行ったドンが袋だたきに遭うなど、醜い事件に巻き込まれます。トニーのウィットに富んだユーモアや、時として暴力でさまざまな窮地を乗り越えます。

だんだん南部、ディープ・サウスに近づいていきます。差別は黒人たちだけでなく、白人の間でもランク付けがされ、イタリア系もその底辺なのか、バカにされていたようです。路上で、警官に職務質問され、侮辱されてキレてしまったトニーは警官を殴ってしまいます。もちろん、ふたりは署に連行されます。ドンは無罪ですが、トニーと共に収監されます。ドンは「電話をかけさせてくれ。」と嘆願して聞き入れてもらいます。誰に電話したのか、すぐに署長あてに電話が入ります。ダレていた署長が急に真顔になり、「はい、承知いたしました。」と電話に向かって直立不動で応対し、ふたりはすぐに釈放されます。驚いたのはトニーです。「Doc、一体誰に電話したんだ?」

なんと、電話の相手は当時、ケネディ政権下で司法長官だったロバート・ケネディからだったのです。そうです、ドン・シャーリーは公民権運動を通して、時の大統領の弟、ロバート・ケネディに直接電話をかけることができるような関係だったのです。

キャスティングの勝利

ドン・シャーリーを演じたのは、バリー・ジェンキンス監督の映画、「ムーンライト」で初のオスカーを受賞した黒人俳優、マヘーシャラ・アリ、そして相棒役のトニー・リップを演じたのは、「指輪物語 The Lord of the Rings」のアラゴルン役でブレイクしたヴィゴ・モーテルセン、このふたりの俳優を起用したことが「グリーン・ブック」の成功の鍵ではないかと思います。

マヘーシャラ・アリ(Mahershala Ali)、元ラッパー

前作、「ムーンライト」でキューバ出身のドラッグ・ディーラー役でオスカー受賞に輝いたことで知られる俳優、マヘーシャラ・アリはムスリム教徒でもあります。実は、俳優に専念する前はラッパーとして、プリンス・アリ名義でアルバムを2枚出しているのです。飼っていた猫にナズ (Nas) と名付けたり、かなりのヒップホップ・ファンのようです。西海岸のコンシャス・ラップ・グループ、ダィアレィテッド・ピープルズのMC, Rakaaをフィーチャーしたり、一部では評価されていました。以下、そのMCぶりをチェックしてみて下さい。

ヴィゴ・モーテンセン (Viggo Mortensen)

役作りのために50パウンド(約23キロ)も体重を増やしたというヴィゴ。イタリア系の男を演じるというので、デンマーク人の彼はちょっとためらったといいます。英語はもとより、デンマーク語、フランス語、スペイン語を完璧に話せるだけでなく、イタリア語やスウェーデン語、ノルウェー語も操れるという、マルチ・タレントで、役の幅が広いことでも有名です。映画の中では、地元のイタリア系の仲間たちとはイタリア語で会話をしています。ヴィゴ本人は、アート、ポエトリーなど、書籍も出版するなど、この映画の役柄、トニー・リップとはまるで正反対なとてもインテリな人物です。ユーモアのセンスがある、というところはよく似ていますが……。

映画、「グリーン・ブック」は、人種偏見が激しかった南部を背景にしていますが、テーマは友情です。実際に接してみると、黒人も白人も、それぞれ問題を抱えているけれども、同じ人間には変わりがない……。この映画はそんな人間の原点を、ドンとトニーという全く異次元のキャラクターを通して描いています。

移民問題や人種差別がまたクローズ・アップされている今日このごろ、こんな映画が制作され、このタイミングで公開されたというのはとても意義のあることだと思います。

実在の二人は生涯よき友人で、自分たちの死後にこの脚本を映画化してほしい、とトニーの息子、ニックに遺言を遺したそうです。偶然にも、ふたりは同じ年に他界しました。

Don Shirley (January 29, 1927 – April 6, 2013)

Tony Lip (本名Frank Anthony Vallelonga – July 30, 1930 – January 4, 2013)

(日本公開は2019年3月予定。)