サム・クック伝記映画 “Sam Cooke : The Truth”制作中止??Sam Cooke Biopic “The Truth” May Not Be Authorized by His Estate

UNSPECIFIED - JANUARY 01: Photo of Sam Cooke (Photo by Michael Ochs Archives/Getty Images)

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1964年、12月11日に射殺されたソウル・シンガー、サム・クックの伝記映画を制作中という嬉しいニュースが……。ところが、家族の承認が得られずプロジェクトは宙ぶらりんという「ありがちな」トラブルが発生。一体、どうなっているのでしょう。

え?サム・クックって誰だか知らない?

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ジェームス・ブラウン
と同時期に活躍したソウル・シンガーで、アレサ・フランクリンと恋仲にあったという説もある、60年代に一世を風靡した大スターです。”You Send Me,” “Wonderful World,” “A Change Is Gonna Come” など数々のヒット曲を放ちました。レコードの売り上げ枚数は1千万枚以上、といいますから凄いですね。ゴスペルの世界からポップの世界に転向して大成功した歌手で、自分のレーベルを立ち上げ、ビジネス・マンとしても一目置かれる存在でした。

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<あまりにも若い死と消えない陰謀説>

人気のピークだった1964年、クリスマスも近い12月11日未明、ロスアンジェルスのワッツ地区にある安いモーテル、Haciendaでサム・クックが射殺されたという衝撃的なニュースが全米に広がりました。警察の発表によると、サムはハリウッドのイタリアン・レストランで知り合ったアジア系(フィリピン人)のリサ・ボイヤーを強姦しようとモーテルに連れ込み、サムがトイレに入っているすきに女性が逃げ出し、管理人室に助けを求めたものの応答がなく、モーテルから数ブロック先の公衆電話から警察に電話し、「誘拐された」と訴えたとのこと。

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その間、リサがいなくなっていることに気づいたサムがモーテルの女管理人、バーサ・フランクリンの部屋のドアを叩き壊して侵入、身の危険を感じた彼女がピストルでサムを撃ち殺した、というのです。裁判では「正当防衛」で管理人のバーサ・フランクリン(当時55歳)は無罪、事件は「解決」とされ、闇に葬り去られました。サム・クックは33歳でした。

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<陰謀の背景にいるのはユダヤ人マネージャー>

家族やファンは警察の発表を信じませんでした。実は、リサ・ボイヤーはハリウッドに夜な夜な出没するグルーピー/売春婦で、過去にも客とモーテルにしけこみ、サイフや金目のものを盗んだり、逮捕歴のある札付きの女だったのです。サムの遺体も頭部にひどい打撲の跡があったりと、不審な点が多々あったといいます。サムのマネージャーだったアレン・クラインは事件当日はニューヨークにいました。実は、サムが社長のはずの彼のレーベル、「トレイシー・リミテッド」の契約書が差し替えられており、実質的な社長はクラインだったことが発覚、サムはクラインを首にしようとしていました。クラインはハリウッドを仕切るイタリア系マフィアと繋がりがあることもわかっています。

American businessman Allen Klein (1931 - 2009), January 1966. He managed The Beatles and The Rolling Stones amongst others. (Photo by Evening Standard/Hulton Archive/Getty Images)

American businessman Allen Klein (1931 – 2009), January 1966. He managed The Beatles and The Rolling Stones amongst others. (Photo by Evening Standard/Hulton Archive/Getty Images)

<伝記映画の製作許諾権を持つマネージャーと家族の確執>

ニュージャージー出身のユダヤ人、アレン・クラインは、狡猾で交渉上手な敏腕マネージャーとして頭角を現し、のちにビートルズやローリング・ストーンズのマネージャーとして成功しています。といっても、クライアントの印税を掠め取るなど、訴えられたことも数えきれませんが……。彼が立ち上げた会社、ABKCO (Allen and Betty Klein Company) はサムの死後、彼の曲のパブリッシングの権利を全部獲得しています。それだけでなく、サム・クックの映画製作許可を持つのは、なんとクラインがオーナーのABKCO Filmのみなのだそうです。

映画プロデューサーのロメロ・アントニオによれば、「”サム・クックの謎の死を解明したい。あの殺人の裏に何が隠されているか、真実に焦点を当てた映画を制作したい”と名乗りを上げ、サムの家族に真相に迫るドキュメンタリー映画を作りたいと持ちかけたところ、彼の熱意にほだされたサムの弟のC.L. クックと甥のユージーン・ジャミソンが正式にこの企画を許可した」というのです。映画の脚本は、音楽評論家のピーター・グラルニックが2006年に書いた、「Dream Boogieサム・クックの栄光」という本に基づいているそうです。

ところがサムの弟でやはりシンガーのC.L. クックの言い分は全く食い違っています。「サム・クックのドキュメンタリー映画にオレが賛成して協力しているというニュースはガセだ。オレは関係ない。ABKCOとユージーン・ジャミソンで勝手にやっているだけ。これは正式なサムの物語なんかじゃない。」と噂を全面的に否定しています。

私たちファンはサム・クック射殺の真相を知りたいと思っているだけなのに…….。映画製作は実現するのでしょうか?

ちなみに3年後の1967年、12月9日にソウル・シンガー、オーティス・レディングが亡くなっています。飛行機事故と見せかけて、実は他殺だったという噂もあります。オーティスは、ジェームス・ブラウンと一緒にレーベルを立ち上げて、パブリッシングの権利を取得しようと準備している矢先だったとか……。プリンスの死も実は、外部の力が働いていた……などとまことしやかに囁かれているし、一体何を信じたらいいのかわからなくなってしまいます。

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12月11日はサム・クックの命日ボビー・ウーマックが最初にこの曲を聴いて、「死の臭いがする」と予言した通り、“A Change Is Gonna Come”が世に出たのはサムの死後でした。

R.I.P.

伊藤 弥住子

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