[Black History Month#3]ブラック・パンサー情報大臣、エルドリッジ・クリーヴァー

Black History Month 3
Eldridge Cleaver – Soul On Ice

2月は黒人歴史月間です。映画、「ブラック・パンサー」が話題になっていますが、私が想像していた、ヒューイ・ニュートン率いるブラック・パンサー党のことではなく、マーベル・コミックスのスーパー・ヒーローの映画だと知ってちょっとがっかり…….。登場人物が黒人俳優で占められているというので話題になっているようではありますが……。

ブラック・ヒストリー・マンスでもあることですし、今回は1960年代に台頭してきたBlack Panther Party の主要人物だったエルドリッジ・クリーヴァーの話をしたいと思います。パンサー後のエルドリッジはさまざまな宗教を転々とし、共産圏だったキューバ、アルジェリアなどに亡命したり、北朝鮮や中国を訪問したり、波瀾万丈の人生をおくりました。

フォルソン刑務所

1935年生まれのエルドリッジは悪さばかりしていて、18歳の時、マリファナ所持で逮捕され、当時は重罪だったため、少年院ではなく一般刑務所、カルフォルニア州の「Folsom Prison」に収監されました。そこでイスラム教に目覚め、エライジャ・モハメッドやマルコムX、そして共産主義に傾倒してゆきます。

出所したものの、また犯罪を犯します。1958年、強姦罪で逮捕され、フォルソン、サン・クェンティンの刑務所で1966年まで8年間服役します。本人も「まずは練習台として黒人女を強姦して、次の獲物、白人女を最終目標にした。白人の作り上げた秩序を乱すことが目的だった。白人の男の所有物の白人女を犯すことで体制への制裁というつもりだった。」と告白している通り、エルドリッジ・クリーヴァーは本当に悪意に満ちた、白人嫌いの歪んだ人間でした。

エライジャ・モハメッドとマルコムXが分裂してからは、エルドリッジはマルコムXの信奉者となります。マルコムがメッカ巡業から戻ってきてこれまでの白人排他主義を否定し、新たな公民権運動のリーダーとなったことに影響を受け、エルドリッジの思想もますますマルコム寄りに傾いていきます。1965年2月21日、マルコムが暗殺されたというニュースを獄中で聞きます。服役中からエッセイなどを書いていたエルドリッジはその一部を政治プロパガンダ雑誌、「ランパーツ」に投稿します。それが、後に大ヒットする本、「ソウル・オン・アイス」です。

1966年、ブラック・パンサー党入党

出所してシャバに戻ると、カルフォルニア州の黒人貧民街、オークランドは緊張した空気に包まれていました。「ランパーツ」の編集の仕事を得て、エルドリッジはさらに左翼がかってゆきます。1966年12月、まだ設立から2か月しかたっていない「ブラック・パンサー党」に入党します。ゲトー地区のオークランドでは、地元警察の住民に対する虐待はとどまるところを知らず、さまざまな団体による草の根運動が始まりました。そのひとつがブラック・パンサー・パーティーで、ボランティアのパトロール活動がその主な目的でした。

「よりハイレベルな犯罪者になるためには法律を学ぶ必要がある」と主張するリーダーのヒューイ・ニュートンにエルドリッジは感銘を受けます。「ヒューイはマルコムXの後継者だ。」と確信します。指導者のヒューイ・ニュートンは法学部の学生で、カルフォルニア州では銃を携帯することは合法だということを主張し、メンバー全員武装するという、前代未聞のラディカルな団体を作り上げてしまったのです。

ブラック・パンサー党の会長はボビー・シール、防衛大臣がヒューイ・ニュートン、そして情報大臣がエルドリッジ・クリーヴァー、つまりマーケティングがその任務でした。武力行使をも厭わない、過激な党のイメージを作りあげ、メンバーをどんどん増やしていくことが当面の目標です。

時の大統領、ロナルド・レーガンがカルフォルニアで遊説するという情報を掴み、パンサーのメンバーたちを集結させました。大統領の取材に集まった主要なメディアを利用しよう、という企みはみごとに的中、黒のベレー帽と皮のジャケット、ライフル銃をかざすパンサーたちの雄姿は取材陣の興味を惹き、レーガンの演説へ向けられたカメラが一斉にパンサーへと向けられ、全国へテレビ放映されたのです。ブラック・パンサー党の綱領は、中国の毛沢東政権の共産主義を模していましたが、テレビを見た全国の黒人たちは、「ブラザーが武器を持って立ち上がった!革命だ!」と大興奮、その根本思想はそっちのけで入党希望者が殺到しました。瞬く間に黒人の若者たちが集まり、シカゴ、ニューヨークなど全国に支部をオープン、党の事務所の電話は鳴りっぱなし、ブラック・パンサーの時代が始まりました。

Soul On Ice フォルソン獄中記

1968年、エルドリッジ・クリーヴァー獄中で書いたエッセイをまとめた自叙伝、「ソウル・オン・アイス」が刊行されました。恥ずべきレイピストから、イスラムの教えに従ってまともな人間としての心を取り戻してゆく過程を赤裸々に綴った日誌は大センセーションを巻き起こしし、ベスト・セラーになりました。タイトルの「ソウル・オン・アイス(凍りついた魂)」とは、生きたまま凍りついた魂、つまり刑務所で自分の魂が殺された状態のことなのだそうです。マルコムXやエライジャ・モハメッドから影響を受け、ブラック・パワー運動の源となる思想が詰まったこの本は、後にヒップホップ・アーティストたちから崇拝されるようになります。

FBIのパンサーつぶし

危険分子、マルコムXを暗殺して一息ついていたFBI長官、Jエドガー・フーヴァーは、カルフォルニアで猛威をふるっているというブラック・パンサー党の存在を知って頭を痛めます。マーティン・ルーサー・キング牧師といい、ヒューイ・ニュートンといい、アメリカ(白人)社会にとって脅威以外のなにものでもない、とCOINTELPRO (Counter Intelligence Program)というプログラムを発効させます。ターゲットは過激派黒人団体、公民権運動団体、ベトナム戦争反対団体など、一斉攻撃を始めました。ブラック・パンサー・パーティーはそのナンバー・ワンの攻撃対象で、ヒューイ、ボビー、エルドリッジなど幹部が次々と罪状をでっちあげられ逮捕されました。1968年末には38都市に支部があったパンサーですが、CIAの執拗な嫌がらせ、武力干渉によって弱体化し、70年代後半になると幹部不在のままほとんど組織としては機能しなくなっていました。

キューバ亡命

1968年、過去の罪を償うため、警察へ出頭命令がでていたにもかかわらず、お努めを果たす意思のなかったエルドリッジはキューバに亡命します。当初、カストロから歓迎され、首都ハバナのメイドつきペントハウスでキャビアとシャンペンという豪華な暮らしをしていたエルドリッジですが、アメリカのFBIから横ヤリが入りキューバを追われます。今度はアフリカのアルジェリアに逃亡し、パンサーの仲間で妻のキャサリンを呼び寄せ、ブラック・パンサー・パーティーのアルジェリア支部を立ち上げます。その後、フランスに移り住んだり、中国や北朝鮮を訪れたり、エルドリッジ・クリーヴァーはさまざまな人生遍歴をすることになります。ひとつの形に囚われることに反発し、政治理念だけでなく、キリスト教、イスラム教、モルモン教、統一教会など、目まぐるしく宗派を渡り歩き、まるでカメレオンのように変身してゆきます。あまりに変化が激しく、パンサーのメンバーたちからも批判されるようになります。

パンサーの終焉

1975年、7年間にわたる逃亡生活に終止符を打ち、エルドリッジは刑期を務める覚悟でアメリカに戻ってきます。元仲間だったヒューイは、初期の頃の覇気がなく、体制に逆らわず、穏便路線を打ち出し、あくまでもゲリラ戦で革命を続行しようというエルドリッジとは意見が真っ二つに分かれてしまいました。二人の亀裂は深まるばかり…….。昔は輝いて見えたヒューイですが、コカイン漬けで見る陰もなく落ちぶれていきました。脱退するメンバーが後を絶たず、各地にあったパンサーの支部も閉鎖され、急速に勢いを失っていきます。1982年、とうとうブラック・パンサー・パーティーは終焉を迎えます。

これもFBIの陰謀だったのか定かではありませんが、1989年、ヒューイはドラッグ取引がこじれ、撃たれて死亡するという悲惨な最期を遂げます。

ブラック・パンサー・パーティーは暴力的で、ヤクザな集団だったと非難されることも多いのですが、私は、アメリカ政府の抑圧に対して、武力で闘うことを選ばざるを得なかったパンサーの功績は大きいと思っています。非暴力を掲げたキング牧師にしびれを切らした血気盛んな若者たちが歴史を大きく動かしたのだと言えると思います。

エルドリッジ・クリーヴァーが教えてくれたこと

レーニンや毛沢東、金日成の共産主義に傾倒したかと思うと、コンサバなアメリカの共和党を支持したり、ころころ変わるさまはまるでカメレオンのようでした。とにかく、自分で見て体験しないと気が済まない人だったようです。その結果、どの国の体制もよいところと悪いところがあって、理想的な国というのはない、宗教も、それぞれ真理はあるけれど、完璧な宗教はない、という結論に落ち着いたようです。アイディアが湧き出るエルドリッジ、一時期、イスラムとキリスト教の両方を取り入れた新しい宗派、Christlam(クリストラム)を考案しましたが、フォローする人はあまりいなかったようです。

「キューバ、アルジェリア、北ベトナム、中国、北朝鮮……..、世界を渡り歩いていろいろな国の警察を見てきたけど、最悪と言われるオークランドの警察が一番まともだと思った。少なくとも、法律である程度守られているからね。」というエルドリッジのコメントが印象的でした。

伊藤 弥住子

 

 

 

 

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