DJ June in 東京 with クリントン・スパークス!!on April 3rd:DJ June Club Chart Special Edition

DJ Clinton Sparks - Genius Tokyo

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DJ June Club Chart SPECIAL EDITION– March 30, 2013

チャートはお休み。

いつもチャートを提供してくれているDJジューンですが、現在日本を訪れているため今週のチャートやお休みさせて頂きます。NYのクラブ・プレイもお休み、そのかわり東京のかたにはビッグなプレゼントがあります。

DJジューン、東京にてスペシャル・クラブ・プレイ!

4月3日、東京にあるデカ箱クラブ、「銀座ジニアス」のパーティーでDJジューンとアメリカからのゲストDJ、クリントン・スパークスが一緒に回します。東京近辺のかた、または遠方のかたもこぞってお集りいだだけますようお願いします。DJクリントン・スパークスはすでに中国、シンガポール、韓国などアジアを制覇していますが、なぜかまだ日本には行ったことがなく、これが初来日になります。

詳細: http://blog.livedoor.jp/genius_tokyo/archives/1763506.html

いつもこのコーナーでDJジューンのクラブ情報を紹介していますが、彼女のこれまでの歴史をご存じないかたのために特別にバイオグラフィーを作成しました。 DJジューンは実は凄いDJなのです。以下、ご参照下さい。

DJジューン・バイオグラフィー

現在、ニューヨークで週4日レジデンスDJを務める売れっ子DJジューン。彼女が本格的にDJの道を歩み始めたのは約10年前のことでした。最初はエンジニアになりたくて、マンハッタンにある専門学校、インスチチュート・オブ・オーディオ・リサーチで基礎を勉強しました。ここは、ジューンの先輩にあたるDJカオリが通ったことでもよく知られています。ある日、ブルックリンのレコード店、「ビート・ストリート」の従業員募集の広告をみつけました。ヒップホップ、R&B、レゲエのヴァイナルとCDの専門店で、ニューヨークだけでなく、世界中からDJやプロデューサーが訪れる店がBeat Streetでした。ここなら一日中音楽を聴いていられると思い、さっそく求人に応募しました。

XXL DJ June Story

XXL DJ June Story

日本から来て間もない頃で、英語はあまりわかりませんでした。「ビート・ストリート」にやって来るお客さんたちはブルックリンというファンキーな土地柄なせいか、英語の発音もブロークンなうえ、スラングばかり並べ立てるので聞き取ることもままなりませんでした。「なんだおまえ、英語もわからないのか。」と客から相手にされずどれだけ口惜しい思いをしたことか……。「英語がわからない分、知識で補おう…….。とにかく音楽を覚えて、この店にあるレコードを全部暗記してみせる。」、あくまでもポジティヴなジューンは片っ端からノートを取りました。だんだん、アーティスト名や曲名が耳にすんなり入ってくるようになりました。ノートの厚みは15センチほどになりました。

チャンスが訪れたのはジェイZの人気が絶頂を極めた2002年頃、ジェイZのブルー・プリント・ツアーのDJで、元EPMDのDJとして名を馳せたスクラッチが店にレコードを買いに来た時のこと。当時、最もホットなDJスクラッチが来たというのでビート・ストリートの店員たちは浮き足立ちました。ここでうまく応対すればフックアップしてくれるかもしれない……。いつも怠けている若い黒人の店員がスクラッチに擦り寄って,彼の差し出したクラシック(R&B)レコードのリストにある曲を探すのですがなかなかみつかりません。すでにジューンは店に置いてあるレコードのほとんどを暗記していました。リストにある曲はコンピ・アルバムの収録曲でした。ジェームス・ブラウンの曲でもJのセクションにないこともあります。同じコンピに収録されているベティ・ライトのBの棚ならあるかもしれない……。Bを探したら Bingo! ありました!スクラッチの探していたレコードはこうしてジューンが全部みつけてあげたのです。驚いたスクラッチ、それ以来、店にやってくると脇目もふらずにジューンのところにやってくるようになりました。DJトニー・タッチ、DJフーキッド、DJミスターC……..みんなジューン音楽知識に感動し、彼女の常連になりました。

店員の仕事だけでは飽き足らず、店にあるターンテーブルでDJの真似ごとをしているうちに本格的にクラブで回したくなりました。最初は地元、ブルックリンの何だかいかがわしそうなバーでヒップホップやレゲエのレコードを回していました。初日はそれこそ常連のアル中がかったオヤジが数人たむろしている程度でしたが、2~3週間後には外に行列ができるほどの繁盛ぶりに店のオーナーもびっくり。DJジューン の名前は瞬く間に知られるようになりました。以来、ビート・ストリート時代に築いた人脈のお陰か、マンハッタンのクラブからもDJのオファーがくるようになりました。リモート・ラウンジのような小さなクラブから、クラブNV(Club NV)、アバロン(Avalon)、デュベット(Duvet)、マーズ2112、ロット21 (Lot 21)、チャイナ・クラブ(The China Club)、コパカバーナ(Copacabana)などの有名な大バコ、さらにWホテル、タイム・ホテル、エンパイア・ホテルなどお洒落なブティック・ホテルのラウンジ・パーティーまでさまざまなダンス・フロアーを湧かせるDJに成長したのです。

尊敬する先輩のDJたちと共にフロアをシェアする機会にも恵まれました。グランドマスター・フラッシュ、ファンクマスター・フレックス、ビズ・マーキー、キッド・カプリ、レッド・アラート、アフリカ・バンバータ、クール・ハーク、DJイナフ、クラーク・ケント、DJプレミア、Qティップ、ジャスト・ブレイズ、マーリー・マール……..ヒップホップ業界の大御所ばかりです。

セレブの誕生日やプライベート・パーティーにも声がかかるようになりました。Pディディー、リル・キム、ジャメィン・デュプリ、ジェイZ、ファボラス、ブラック・アイド・ピーズ、ジム・ジョーンズ…….など枚挙にいとまがありません。

師と仰ぐDJスクラッチから持っていない音源をもらうことができるのも、スクラッチが彼女のスキルを認めているというリスペクトの表れだし、プロデューサー/DJのジャスト・ブレイズも、「ジューンはNYナイト・ライフに欠かせない存在。彼女の音楽知識の豊富さには驚いたね。選曲サイコー!」と手放しで絶賛しています。「彼女はベストのDJだ!」とDJトニー・タッチ(a.k.a. Tony Toca)からもお墨付きをもらいました。

DJ June

DJ June

DJのスタイルの基本はヒップホップですが、オールド・スクールでも最新のヒップホップでも対応可。クラシックR&B、ディスコ、ポップ、レゲエ、ハウス、マッシュアップ,エレクトロ、とにかく古いものから新しいものまでホットな音楽をセレクトするジューンのセンスは確かとの評判です。週末はアトランティック・シティーのトロピカーナ・ホテルのクラブでのギグで、いろいろな客のティストに合わせ、フロアを盛り上げるコツも習得しました。オール・ジャンル but クール。実家が姫路の某有名包丁店のせいかジューンのDJさばきは「切れ」がいい…….というのは余談。

アメリカのメディアにもジューンの活躍ぶりは取り上げられています。XXLマガジンでは堂々カラー1頁で紹介され、ドクター・ドレの大特集を組んだスクラッチ・マガジンにも、「ジューンにとって英語は第二外国語かもしれないがビーツは母国語!」と彼女の音楽性を讃えた記事が掲載されました。ジューンがNYのナイト・ライフのスターの座を手中に収めることができたのは生まれもっての美貌と基礎から学んだスキルと音楽センス、プラス、日本人特有の勤勉さと決して奢らない謙虚さによるのではないでしょうか。

(伊藤弥住子)

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