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「ザ・カラー・パープル」は作家、アリス・ウォーカーの1982年の小説です。1985年に映画化され、コメディアンだったウッピー・ゴールドバーグが主役のセィリーを演じて絶賛されました。あれから30年経ち、「カラー・パープル」はブロードウェイ化され、ニューヨークの劇場で上演中です。歌姫、シャグ役で出演しているジェニファー・ハドソンが話題になっています。
J-Hudファンとしては何としてでも「ザ・カラー・パープル」を観ずにはいられません。というわけで、12月15日に観に行ってきました。運よく中央の前から2番目という席だったので、役者たちの表情はもとより、汗や涙までとてもよく見えました。
ミュージカルの話に入る前に、まず「ザ・カラー・パープル」とはどんな物語なのかをお伝えしておきましょう。

The Color Purple あらすじ
物語はアメリカの南部、ジョージア州の田舎を舞台に繰り広げられます。時は1909年、奴隷解放令が出されて50年近く経つというのに、南部の黒人たちは相変わらず貧しく、過酷な人生を送っています。セィリーとネティーの姉妹は厳格な父親のもとで育ちます。親には絶対服従、姉のセィリーは父にレイプされます。無学で「黒くて不細工」なセィリーと、勉学心に燃え、学校に行って教師になりたいと夢見る「可愛い」ネティー、対照的な二人ですが、大の仲良し姉妹、一緒にいれば幸せでした。
父親(あとでまま父だということが判明します)にレイプされ赤ちゃんを産んだセィリーですが、子供を里子に出されてしまいます。二人目の子供もやはり同じ父親の子で、その子も取り上げられてしまいます。産後の肥立ちがよくなかったのか、セィリーは子供のできない体になってしまいます。彼女の将来を案じた父の命令で、セィリーは14歳の若さで、父の知り合いで妻を亡くした男やもめのミスターに嫁がされます。

南部、特に田舎の黒人社会では女性が人間らしく扱われていなかったようです。日本でも、昔、「女三界に家なし」ということわざがありました。幼少の頃は父親に従い、嫁に行ってからは夫に従い、老いては息子に従う。女にとって広い世界のどこにも安住の地はないという意味です。セィリーにとっても心が安まる場所はありませんでした。ミスターに従順に尽くしても、「醜い女だ」という理由で暴行されます。妹のネティーは父からレイプされそうになり、セィリーを頼って身を寄せますが、こちらでもというミスターが可愛いネティーを狙い手を出そうとします。とうとうセィリーとネティーは無理やり引き離されしまいます。年の離れたミスターの子供の面倒やら、家事やら、畑仕事など、セィリーは奴隷のように働かされます。生涯でたった一人の身内、大好きな妹の行方は分からず仕舞い…….。
横暴で粗野なミスターがいつになく上機嫌…….、何かと思ったら、ミスターの昔の愛人、メンフィスでブルース歌手をしているシャグ・エィヴェリ―がジョージアにやって来るというのです。ミスターの家を訪れたシャグの「あんた、不細工だね。」という一声で気を悪くしたセィリーですが、生活を共にするうちに情が湧いてきます。自由奔放で洗練された美しいシャグにだんだん気持ちが傾いていきます。あちこちどさ回りをしていろいろな人間を見てきたシャグも、心のきれいなセィリーに惹かれてゆきます。原作のアリス・ウォーカーの本ではふたりのレズ体験が詳細に描写されています。
シャグがミスターを「アルバート」と呼ぶのを聞いたセィリー、「ミスターの名前、初めて知った……。」とつぶやきます。驚いたシャグ、セィリーを問い詰め、ミスターが彼女に暴行をくわえ奴隷のように扱っていることを知ります。シャグに対して恋ごごろを抱き、徐々にセィリーは自我に目覚めてゆきます。恐がってばかりいては何も変わらない。自分が変わらなければ…….。ミスターの息子ハーポの妻、恐いもの知らずのソフィアからもアドバイスされ、セィリーは「強い女」へと成長していきます。シャグを愛することで自信がついたセィリーは初めてミスターに刃向かいます。ミスターの髭を剃っている時に持っていた剃刀で喉をかき切ろうしますが、間一髪でシャグに止められます。「もう後戻りはできない。私はミスターに頼らなくても生きていける。」セィリーは今まで苦しめられたミスターと別れる決心をします。イースターの晩餐の席でミスターに包丁を突きつけ威嚇し、シャグと彼女の新しいボーイフレンドについてメンフィスへと旅立ち・・・・この後の展開が驚きの結末につながっていきます。そちらはこの後のミュージカルのレビューで!
ブロードウェイ・ショー、J-Hud 絶賛!
ミュージカル「ザ・カラー・パープル」は2005年、ブーロードウェイで初演を迎え、アメリカン・アイドル出身のファンティジアが主役のセィリー役で注目されました。新しいプロダクションで「ザ・カラー・パープル」がこの12月、ブロードウェイにリバイバル版として戻ってきました。今回は、同じアメリカン・アイドル出身のジェニファー・ハドソンが歌姫のシャグ役を演じて絶賛されています。
事前に読んでいたレビューには、2005年のショーと比べてキャストも約半数、セットもごくシンプルでその分、演技や歌がとても映えている、とあった通り、less is moreという印象を受けました。ブロードウェイ・ショーでは当たり前になっている厚化粧が姿を消し、女優さんたちはつけマツゲもなし、20世紀初頭の南部の黒人女性がそうであったように、歌姫シャグ役のJ-Hud以外はみんな素顔(に見えるメイク)で登場します。材木を打ち付けたステージの壁にはたくさんの木製の椅子が杭にひっかけられています。小道具は藁のバスケットとシーツのみ……。恐る恐るミスターに使える少女、セィリー役を演じたシンシア・エリヴォは28歳ですが、本当に役柄の14歳に見えるから不思議です。
登場人物の中で唯一ゴージャスなのがブルースの女王、シャグ・エィヴェリ―(ジェニファー・ハドソン)です。第一幕の途中でシャグがステージに現れるのですが、それがディーヴァそのもの、煌びやかなガウンを纏ったJ-Hudにすっかり魅了されてしまいます。それまでのみすぼらしい田舎の風景が瞬く間にキラキラした豪華なナイトクラブへと変身します。J-Hudはとても背が高く(175cm)、150センチちょっとしかないセィリー役の女優、シンシア・エリヴォとは対照的です。「都会」と「田舎」を象徴しているかのよう……。
シャグとセィリーのレズビアン関係はどんな風にステージで表現するのかしら、と興味津々だったのですが、疲れ果てたシャグをセィリーがお風呂に入れてあげるという場面に集約されています。椅子に座っている下着姿のシャグ(J-Hudがやたら色っぽいのです)は実は、「裸でバスタブに浸かっている」のです。プロップを使わない分、イマジネーションが必要なのです。レス・イズ・モァ、ですね。セィリーが彼女の肩から腕をやさしく洗う、という仕草をします。「J-Hudがソロで歌う”Too Beautiful for Words” がパワフルです。映画「ドリーム・ガールズ」でビヨンセと共演したJ-Hud、演技がうまいと評判になりましたが、舞台は別なのでしょうか。他の役者の会話の場面で、J-Hudが椅子に座ったままじっとしているというシーンがあるのですが、うまく存在感が出せず、見ているほうがハラハラしてしまう、という感じでした。
ミュージカルなので物語は歌で綴られてゆきます。踊りは椅子を上手に使ってメリハリを出しています。ミスター(アィゼイア・ジョンソン)の息子のハーポ(カイル・スキャットリフ)は封建的な父親とは違ってちょっと優柔不断、嫁のソフィア(ダニエル・ブルックス)から軽くあしらわれています。ソフィアを演じているのは人気テレビ番組「Orange is the New Black」のキャスト、ダニエル・ブルックスです。ソフィアは一見、カカァ天下で、力もあってまわりから恐れられていますが、夫のハーポにはぞっこん惚れこんでいる、内面は実は可愛い女なのです。1985年のスティーヴン・スピルバーグ監督の映画版では、ソフィアをオプラ・ウィンフリーが好演して俳優デビューしています。
シャグの助けで、死んだものだと思っていた最愛の妹ネティー(ジョクィナ・カラカンゴ)が実は生きていて、セィリー宛に出した手紙を全てミスターが隠していたことがわかりました。ここでの主役は手紙です。セィリー役のシンシア・エリヴォが嬉しそうに手紙を読むシーンに観客も喜びをおぼえます。、ネティーは親切な黒人の宣教師夫妻とアフリカに渡り、布教活動をしていて、セィリーの息子アダムと娘オリヴィアと共に暮らしているというのです。「自分を愛してくれた、たった一人の妹が生きていた!」セィリーは感激にむせびます。
セィリーが自我に目覚め、ひとりの女性として羽ばたくシーンは、原作では車に同乗してメンフィスを目指す、とありますが、ブロードウェイ版ではセリフのみで表現しています。新しい街で、セィリーは手先が器用なことを生かし、自分でデザインしたパンツのお店を開きます。男も女も兼用というパンツは当時は斬新で、アッという間に大繁盛、キャリア・ウーマンの仲間入りをします。パンツ姿の出演者たちが “Miss Celie’s Pants” を歌って踊ります。
ジョージアにたった一人残されたミスターは、酒に溺れ、生活は荒れ果て…….、というストーリーですが、ミスターの存在感が今ひとつ…….。セィリーを失って初めて彼女を愛おしいと感じる、という場面なのですが、その苦悩があまりでていなかったようです。後悔の念から、ミスターはネティーとその家族をアフリカから呼び寄せます。小道具のアフリカン・テキスタイルをふんだんに使い、異国の地、アフリカを表現します。30年振りに再会した妹のネティー、息子のアダム、娘のオリヴィア……..。タイトル曲、”The Color Purple”そしてセィリーの魂の叫び、 “I’m Here”に胸がうち震えます。
フィナーレでは、主役のセイリー(シンシア・エリヴォ)が、メークもヘアも変わっていないのに45歳の誇り高き女性になっていたのが感動的でした。彼女が感傷的になって泣くシーンがあるのですが、本当に涙がツーっと頬を伝って流れたのを見た時はぞくっとしました。役者魂というのでしょうか。ああいうことが毎日できるなんて……..。
タイトルの「カラー・パープル」とは紫色のことです。著者のアリス・ウォーカーはジョージア州の田舎で育ちました。回りは農場や畑が広がり、紫色の 花があちこちに咲いていました。紫色は特殊な色だと思いがちですが、実は自然の中にごくあたりまえに存在する色なのです。人生も同じこと。よく見ると紫な のです。自分の回りに幸せがあるのに見えていない…..、ちょっと意識を変えてみると見えるのに……という思いを込めて「カラー・パープル」というタイト ルにしたそうです。今まで見えなかったカラー・パープルが見えるようになったセィリーというひとりの黒人女性の自己啓発、それがこの物語のテーマです。
ポップ・ソングではないJ-Hudが歌うブロードウェイ・チューンも魅力です。オール・ブラック・キャストでしか表現できない力強いドラマ「ザ・カラー・パープル」を是非体験してみてください。
絶賛上演中!
@ Bernard B. Jacobs Theatre
242 West 45th Street New York, NY
http://colorpurple.com/
伊藤 弥住子
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