
Soul Factory – BB Kings – NYC – Apr 2015 ©Sean J. Rhinehart For more of me: http://seanjamar.com/
「ブラック・ミュージックという言い方はしない方がいいわね。アメリカではアーバン・ミュージックだから。」
パブリシストのフィオナ・ブルームのアドバイスに、ナオが真剣にうなずく。
ニューヨークのとあるホテル。間もなくワシントンDCのラジオ局からの生放送の電話インタビューが始まるのだ。
アメリカのメディアは手加減しない。新人でも日本人でも容赦なくストレートな質問をぶつけてくる。慣れていないナオのために事前に教えてもらった質問の一つが「なぜあなたはソウル・ミュージックを歌うのか?」アーバン・コミュニティにとって、アジアの小さな島国の女の子が、ファンキーなソウルを歌う事は未だに不思議なのだ。
それにしても音楽評論家でも思案するような質問にいったいどう答えようか?プロデューサーと3人で頭をつきあわせて考える。
「こういうのはどうかな・・・」とプロデューサーが英語で始めると、
「あ、ちょっと待って、書きとめるから。とナオ。
歌うときは日本語なまりがまったくと言っていいほどないのに、英語でのスピーチは決して得意ではないという。ニューヨークに住んでいたのはわずか2年半。でもその時間がなければ今のナオはいなかった。
アポロシアターで準優勝したのも、マクドナルド・ゴスペルフェストで2万人の前で歌うチャンスを得たのもニューヨークにいたから。
「シンデレラ・ストーリーのように聞こえるけれど、いつも悔しいことばかりだった。」
子供の頃から歌うのが好きだったナオは10代で才能を見いだされデビューをめざすも結果が出せない悶々とした年月を経験。
「自分はなぜ歌っているのかわからなくなり、歌う事自体やめてしまったんです。」
そんな時に降って来た天の声が「ニューヨークへ行け!」だったという。もちろん誰かがお膳立てしてくれたわけでもなくお金もアルバイトでため、ほとんどゼロに近いつてをたどってニューヨークへ。すぐにボイストレーニングの先生の門をたたいた。
「厳しい先生で何を歌っても違う!違う!違う! 褒められるのは多くて3ヶ月に1度。今でも思い出すと胸がいたくなる。」
1時間のレッスンで進むのはせいぜい1〜2フレーズ。
「ただ気持ちをこめて歌っただけでは伝わらないと思い知らされました。」
伝えるためのテクニック、そして言葉の発音をどうやって美しく響かせるか、それが聞いている人へのリスペクトにもなる、とも教えられた。
次のレッスンまでの1週間は孤独な練習の日々。アパートで「うるさい」と怒られ、早朝の公園で壁に向かって歌い続けて、3ヶ月後にようやく1曲にオーケーが出る。
「でもこれがなかったら音楽のことを舐めてかかってたんだろうな。気持ちこめてるからいいじゃない、というか、自分本位の歌になっていたのではないかと思います。」
しかし、果たしてこの状態でいいのだろうかという焦りも日ごとにつのっていく。
そんな日々の中で出会った曲が、レッスンの課題曲として歌ったサム・クックの”A Change Is Gonna Come“だ。
「“変化はいつか訪れる“ その歌を歌った時に、その歌から元気や勇気をもらっている自分に気づいた。歌う事で“自分は乗り越える事ができるんだ”と信じられた瞬間だったんです。」
同時に自分はなぜ歌いたいのか? 何を歌いたいのか?という疑問への答えも解けた。
「自分が助けられた音楽。音楽の本当の力みたいなものを感じられるのがソウルミュージックという音楽なんです。だからそういう歌を歌って行きたい。」
ニューヨークでの2年半、真摯に音楽に向かい続けて見つけた答え。実はそれはそのまま、ラジオ局からの質問の答えでもある。

Soul Factory – BB Kings – NYC – Apr 2015 ©Sean J. Rhinehart For more of me: http://seanjamar.com/
その後、日本に戻り新たなチャンスをつかんだナオは、スイート・ソウル・レコードという世界中のソウルフルなシンガーばかりをリリースするユニークな日本のレーベルからデビューして評判になり、今回はネオソウルで知られるパーパスレコードからの全米デビューも果たした。リリース記念のニューヨーク・ライブも大成功。
確かにここまではシンデレラ・ストーリー。でもその先がどうなるかは誰にもわからない。でもナオの表情に恐れや迷いはまったく感じられないし、しっかりと地に足がついているのだ。
「おいしそうだなと思うところに おいしいものはないんです。親密に作り上げた人間関係の中にこそ素晴らしいものがあると思います。」
最後にアーティストとしての目標を聞いてみた。
「私が一番好きなシンガー、グレゴリー・ポーター。その音楽に触れるだけで“自分はなんて素晴らしい世界に生きているんだろう”と感じることができる。そういう音楽ができればもう日本とかアメリカとかも関係ない。」
自分が信じる音楽と、巡り会った大切な人達と共に前進を続けるナオは、たとえこれから何があっても歌うことで乗り越えて行くに違いない。
(シェリーめぐみ)